話題の「AIカバー」「音楽生成AI」の法的現状とは? AI×知的財産に強い弁護士に聞く”問題点”

「スイッチひとつで生まれた制作物には著作権は発生しない」

――次に、生成AIによる楽曲生成になると少し話は変わってくると思います。まずは前提の確認として楽曲の著作権に抵触する場合について教えてください。

柿沼:著作権侵害の侵害要件は2つ。類似性と依拠性です。この両方を満たす必要がある点がポイントです。「類似性」とは、先行する作品の表現上の本質的特徴が別の作品の表現として表れていることを意味します。次に「依拠性」は、先行する作品に接して別の作品を創作したことです。

――たとえば、ヒップホップにおけるタイプビート(人気曲のビートにそっくりなもの)の販売は著作権の観点からはどのように考えるのでしょう?

山城:そもそもタイプビートとは、平たく言うと「(ある特定のアーティスト)っぽいビート」です。例えば「Lil Yachty Type Beat」といえばリル・ヨッティっぽい、リル・ヨッティが使っていそうなビートを指します。ポイントは「◯◯っぽい」という点です。「類似」性はあくまで表現レベルで見るので、既存曲のコピーやアレンジであれば著作権侵害となり得ますが、あくまで「◯◯っぽさ」という曲調・作風レベルでは著作権侵害とはなりません。

――では、サンプリングについては、著作権法上どのように考えるのでしょうか。

山城:サンプリングに関しては著作権ではなく、冒頭に出た原盤権と呼ばれる権利の話です。原盤権は音源に対して発生する権利である以上、既存楽曲と類似かどうかは関係がなく、その音源を1秒でも無断利用すれば形式的には侵害になり得ます。

――昨今の音楽現場においては「リファレンス」という言葉をよく聞きますが、これは著作権法上どのように位置づけて考えたらよいのでしょうか。

山城:「リファレンス」が音楽性の影響やルーツ的な意味合いで利用されている場合、通常は「依拠」を満たすことが多いと思います。一方、そのうえで「類似」かどうかは、曲同士を比べて判断することになります。

柿沼:逆に、曲同士が類似であるとしても、既存楽曲に接することなくできた「たまたま類似した作品」については、依拠性が認められず、著作権侵害には当たりません。プロセスとしての「依拠」とアウトプットとしての「類似」、その両方を満たしたら著作権侵害という考え方ですね。

――なるほど。楽曲生成AIについてより深く聞いていきたいのですが、ある特定のジャンルのアーティストの楽曲を学習させて、当該アーティストのタイプビートを生成するAIがあったら、そのようなAIは著作権侵害となりますか。

山城:まず、タイプビートの作成や利用が直ちに著作権侵害に当たらないというのは、先程述べたとおりです。問題は、AI生成された楽曲が、学習時に用いられた既存楽曲と類似する楽曲だった場合、AIによる学習行為があったことをもって「依拠」といえるかという点にあります。ここは意見が分かれるところではありますが、元のデータセットに既存楽曲が含まれていれば「依拠」があるという見方が多いです。

――では、AIが生成した楽曲(AI生成楽曲)についてですが、AI生成楽曲に著作権は発生するのでしょうか。また、その場合に著作者は誰になるのでしょうか。

柿沼:著作権の保護の対象となる著作物は「思想又は感情を創作的に表現したもの」と定義されています。画像でも文章でも音楽でも考え方は一緒なんですが、コンピュータが機械的自動的に生成したコンテンツは「(人の)思想又は感情」の表現ではないため著作物として保護されないことが原則です。なので、スイッチひとつでAI生成された楽曲には著作権は発生しません。あくまで、現行の著作権法のもとでは、人間が創作意図をもって創作的関与をすることで著作権が発生するとされています。

ーーAI創作物に少し手を加えることで著作権が発生するのであれば、音楽の場合はなにを施せばよいのでしょうか?

山城:音楽の著作物の創作性の根幹はメロディとされています。分かりやすいところでいうと、たとえばAI出力楽曲をベースに、作曲家がメロディを独自に変更した場合などには、作曲家による創作性の付加があり、当該楽曲は作曲家の著作物に当たると思います。

――データセットの開示要請などが求められることはあるのでしょうか。

柿沼:学習データの開示請求は2通りのパターンがあります。まずは著作権が侵害されたと訴える側が、先ほどの「依拠」を証明するためにAI開発者に対して開示請求する場合。これは強いプレッシャーになりますが、データセットはAI開発者のノウハウの塊みたいなものなので素直に開示する事業者は少ないでしょうね。もっとも、裁判になれば、裁判所の命令により開示を命じられる可能性はあります。

 もう1つは、AIのユーザーがAI生成物を生成して利用したところ、著作権侵害であると訴えられた場合です。その場合でも依拠性があるかどうかが争点になるため、AIユーザーがAI開発者に対して、データセットの開示を求めることが考えられます。その場合でも、裁判所が開示命令を出す可能性があります。

――海外の事例についてはいかがでしょう?

柿沼:音楽の事例は聞いていませんが、ChatGPTやMidjourneyなど、文章生成AIや画像生成AIの裁判はアメリカで起きてます。そのなかでもデータセット開示が命じられているかどうかはよくわかりません。

 ちなみに、それらの米国での裁判はAIモデルのユーザーではなく、ChatGPTやMidjourneyなどのツールの開発者・提供者に対して「自分の著作物をAIモデルの学習に使うな」と訴えています。しかし今後はユーザーに対する裁判も起こってくるとは思います。

――音楽の生成AIも「Stable Audio」や「Suno AI」など実用的なものが、大規模言語モデルや画像生成モデルに続いて台頭している印象です。AI生成音楽の著作権をめぐる訴訟は増えていく?

柿沼:間違いなく起こると思います。まずはアメリカからスタートしていくのではないでしょうか。

山城:私も同意見です。そもそも音楽著作権の裁判の事例は、日本よりもアメリカの方が多いです。ただ私は「Law and Theory」という音楽家向けに法律相談サービスを提供する団体に所属しているのですが、肌感覚としては、国内においても、訴訟に発展しないだけで紛争となっている事案は少なくありません。今後、それが生成AIの文脈で出てくるのかどうかは気になってはいます。

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