『Talk About Virtual Talent』第六回:乾物ひもの
Live2Dモデラー・乾物ひものに聞く、VTuberの“パパ”としての幸せとクリエイター論
VTuberが“身体”を手に入れてデビューを果たすまで
ーーここからは、依頼を受けてからの流れも交えてお話を伺っていけたらと思います。VTuberデビューにあたっては、どのような行程でモデルの制作を進めるのが一般的なんでしょうか?
ひもの:それこそケースバイケースではありますが、すでにお姿ができている状態で「この身体で動けるようになりたいです」というパターンがやはり多いですね。イラストレーターの方とコンタクトがとれる場合は、動かしたときのサンプルをお見せして監修をお手伝いいただくこともありますし、ときには二人三脚で制作を進めることもありますよ。
どうしても、デザインによって可動域が制限されてしまうことがあるので、「こういう動きをしたい」という要望が固まっている場合にはラフの段階から一緒に取り組んだりもします。
ーー制作において一番気をつけているポイントはどういった部分でしょう?
ひもの:私のLive2Dモデルは、「高可動域」を持ち味として制作しています。ただ、顔や体をいろんな向きにたくさん動かすということは、すなわち破綻のリスクが大きくなるということでもあるんです。それに、部位の場所が1mm違うだけで、イラストレーターであるママさんのイメージから離れてしまうこともあります。
ですので、ママさんと依頼者様と逐一確認をしながら完成を目指すスタイルが多いですね。私はよく顔が完成したら一度確認してもらっています。場合によってはママさんから衣装の構造や造りについて解説をいただけることもあります。とことんまでアラを探してもらって、できる限り完成イメージとの差をなくすようにしていますね。
ーー完成イメージでいえば、動かす際の設定なども指導されたりするんでしょうか?
ひもの:そうですね。やはりトラッキングアプリに読み込んでからも設定の調整は必要不可欠なので、ご本人と直接通話をしながら最適な設定を一緒に探っていく形です。やっぱり、皆さんいろんな環境で配信されていますし、カメラの位置・種類、顔の動かし方、笑い方、パーツの大小がそれぞれ異なりますから。
ーー先ほど制作コストのお話が出ていましたが、Live2Dモデル制作において難易度の高い工程や要望にはどんなものがありますか?
ひもの:これは3Dも同じだと思うのですが、関節に何かしらの装飾がついていると、制作の工数は多くなりますね。たとえばオフショルダーの衣装だったり、腕組みをしているポーズ、腰に手を当てているポーズなどです。
もちろん、そういった衣装のモデルをつくること自体は可能なんです。ただ、その装飾一つひとつを綺麗に揺らしたり、きちんと体のバランスが崩れないようにするとなると、動いた分だけ都度調整していく必要があるので、その分難易度も制作コストも上がり、結果的に制作費も多くいただくことにはなります。
ーー制作コストにも関連するお話かなと思うのですが、現状のモデラー人口や需給バランスはひものさんから見てどのように映っていますか?
ひもの:そうですね。昔と比べると、モデラーの人口はすごく増えました。以前、自分の動画でも少しそのことについて触れたことがあるんですが、そこから比べてもめちゃくちゃ増えたと思います。ただ、これは私の主観になってしまうんですが、需要と供給の釣り合いがとれているかというとそうでもなくって。二極化しているなと感じます。
ーーというと?
ひもの:モデラーの方にはいろんなタイプの方がいらっしゃって、たとえばハイコスト・ハイクオリティで、本当に一点もの、オーダーメイドのモデルを作る方。それと、一定の価格の範囲内で最高のものを作るという方。後者の場合だと制作工程をある程度決めてあって、人それぞれにギミックや動きを変えるといったことはあまりしない代わりに、制作コストを抑えながら素晴らしいモデルを提供できるんですね。これはタイプの違いなので、良し悪しではありません。
私はどちらかといえば、前者のタイプ。予算は上がりますが、その人に合わせて調整をしたり、ギミックを仕込んだりするタイプです。ただ、そもそも高可動域モデルを作ること自体、すごく難しいし本当に時間がかかりますから、そういうタイプのモデラーさんは絶対数が少ないんです。
そこに対して、最近は「ハイコスト・ハイクオリティ」を求める方の数がすごく増えているなと感じることが多いんです。技術的に作れたとしても、スケジュール的に難しくてお断りしてしまうパターンもありますし、やっぱり「何人も断られちゃって」とか、なかなか依頼できるモデラーさんが見つからずに苦労しているというお話は伺いますね。そういった面で二極化してしまっているのかな、と感じています。
ーー少し脱線しますが、そういった「ハイコスト・ハイクオリティ」を目指す方にとっても、これからモデラーを志す方にとっても大切なお話だと思うので、ぜひひものさんのお考えをお聞かせください。「自分の技術に値段をつける」というのは、なかなか難しいことだと思います。ひものさんはどのように考えて設定されていますか?
ひもの:むずかしいですよね。これはあくまで私の考え方ですが、ある程度工程が決まっているものは固定料金を設定した方がいいと思っています。
そのうえで、やっぱりご飯を食べて生活していけるだけの値段にすることは大切です。時給換算するとわかりやすいかもしれません。というのも、作っても作ってもお給料が足りない、お財布が苦しいというのはすごく苦しいことですし、値上げってストレスがかかることですからね。
ーーひものさんにもそういう時代があった?
ひもの:そうですね。イラストレーター時代、なかなか給与が上がらなくてしんどかった時期がありました。もちろん、自分の技術が追いついていないと思ったら、それに合った値段を設定することは大切です。ただ、苦しいなと思ったら、ストレスがかかったとしても思い切って値段を上げることは必要だと思います。それで仕事が来なかったら、もうちょっと下げるという感じで、需要と供給を探り合う。
ーーオーダーメイドについてはいかがでしょう?
ひもの:その人に合わせたオーダーメイドのものを制作する場合は、固定料金にせず、内容に応じて設定するのがいいのではないかと思います。そして当たり前のことですが、相手が何を求めているのか、しっかり理解してそれを作っていくことが大切です。
私、昔は持てる技術をすべて使って制作をする、いわば“全力投球スタイル”だったんです。でも、依頼者さま全員がそこまでのクオリティを求めているわけではないということに、途中で気がついて。なかには、そこまでこだわらなくてもいいからコストを抑えたいという人もいらっしゃいます。予算は人によって異なりますし、求めているクオリティも人によって変わってきますよね。手を抜くという意味ではなく、相手の要望に合わせて工数を調整するのも、商業モデラーとして大切なことかなと感じています。
ーー依頼者の要望を正しく汲み取ることは、モデラーに限らずクリエイターとして重要な要素ですよね。
ひもの:そうですね。お互いで意見や要望のすり合わせをしっかりできているほうが、より満足のいくものがつくれるのではないかと思います。だからこそ、基礎的なことにはなりますがちゃんと連絡がこまめに取れる、逐一報告ができるというような点も、モデラーにとっては重要な要素ですね。誠実さが大事だと思います。
目には見えない裏側の感動 お披露目は「子を送り出す親の気持ち」
ーー少しシビアなお話が続いてしまいましたが、ひものさんがモデラーとして一番幸せを感じる瞬間は、どんなときですか?
ひもの:やっぱり、ママさんと協力してつくった姿に魂が宿って、活動者さんが喜んでいる姿を見たときですね。「ありがとうございます、動けるようになりました」って、私の前で動いてくれたときは、泣きそうになってしまうくらい感動します。これが第一の幸せです。
もう一つが、ファンの方にお披露目をする瞬間ですね。「見てください、新しい衣装です」「どうですか、みんな?」「わー、すごいね!」ってファンの方とやり取りをしているのを見ると、どれだけ辛かったとしても喜びが爆発します。お披露目をする瞬間は、緊張もするんですけど、それ以上に嬉しさが上回るんです。
ーーまさしく、子を送り出す親の心境に近いものがありますね。
ひもの:本当に、お披露目の瞬間は、まさにVTuberさんの背中を押して送り出す感覚ですね。私のようにモデリングをするパパさんや、イラストを担当するママさんだけではなく、運営やキービジュアルを制作する人など、場合によっては本当に多くの人が関わってVTuberデビューを支えているときがあります。
そしてなによりも、一番努力して、練習や準備もたくさんして、そうやってVTuberさんたちはデビューされるわけです。そんな裏側があることを、もっと多くの人に知ってもらえると、VTuberの世界をより楽しんでいただけるのではないかと思います。
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