『スーパードンキーコング』の音楽はいかにして生まれたのか デビッド・ワイズの挑戦とキャリアの転機

任天堂ゲームへのリスペクトを込めた楽曲群──『ディディーコングレーシング』

 デビッドに話を戻そう。1997年11月にNINTENDO64用ソフトとして発売された『ディディーコングレーシング』は、動物たちが暮らすティンバーアイランドを舞台にしたレーシング・アドベンチャーゲーム。イギリスのゲーム情報誌『GamesTM』の2009年1月号(通巻第79号)に掲載された特集記事「BEHIND THE SCENES DIDDY KONG RACING」でのリー・シューネマン(『ディディーコングレーシング』ゲームディレクター)のインタビューによれば、企画段階では『Wild Cartoon Kingdom』というタイトルで、ディズニーランドのアトラクションからインスピレーションを得たアドベンチャーゲームとして構想されていた。開発が進むにつれて『Pro-Am』シリーズの第4作『Pro-Am 64』として構想が固まり、トラのティンバーをメインキャラクターに据えていたが、任天堂側の提案を受けてディディーコングをフィーチャーする方針に転換。ドンキーコングシリーズのスピンオフゲームとして全世界で480万本を超えるヒットを記録した。余談だが、本作で初登場したクマのバンジョーとカメのティップタップは翌年発売のNINTENDO64用ソフト『バンジョーとカズーイの大冒険』のメインキャラクター/サブキャラクターとなり、リスのコンカーは1999年発売のゲームボーイカラー用ソフト『Conker's Pocket Tales』(日本未発売)のメインキャラクターとなる。

 デビッドは同作の音楽について「『マリオカート』の音楽をたくさん聴き、マリオカート以上にマリオカートらしいお決まりのサウンドを作りあげようとしたんです。サウンドが出来上がった時は難題を解決したと思いました」「仕事とは思えないほど楽しかった。朝起きると『さあ、やろうか!』と思うんです」と2011年のインタビューで語る。ディディーコングをはじめとするキャラクターたちの個性を加味して明るくキャッチーな楽曲をつくりあげ、任天堂ゲームに対するデビッドのリスペクトを多彩なポップセンスとともに味わえる会心の仕上がりとなった。

 「プレイヤーセレクト(Character Select)」はキャラクター別にアレンジがあり、ティンバーのアレンジにはハーモニカの音色、バンジョーのアレンジにはバンジョーの音色、ティップタップのアレンジにはマリンバの音色といった具合に、それぞれのキャラクターを象徴する音色が用いられている。ディディーコングのアレンジが「ジャングルレベル JUNGLE LEVEL【DK Island Swing】」を彷彿させる仕上がりになっているのも楽しい。「ディディーコングレーシング メインテーマ(Diddy Kong Racing Theme)」では全キャラクターの音色が盛り込まれ、「ゆうやけキャニオン(Fossil Canyon)」「くじらビーチ(Whale Bay)」「フローズンマウンテン(Everfrost Peak)」といったカントリーミュージックやリゾートミュージックの要素をアクセントにした楽曲が充実している点も賑々しさあふれるゲームを印象づけている。また、インドの民族楽器の音色と女声チャントが耳を惹く「マグマかざん(Hot Top Volcano)」は、『スーパーマリオ64』の溶岩・砂漠ワールドBGM「ファイアーバブル」(作曲:近藤浩治)からインスピレーションを受けて制作された一曲だ。本作の日本盤サウンドトラック『ディディーコングレーシング オリジナルサウンドトラック』は1998年4月1日にポニーキャニオンの〈NINTENDO64 SOUND SERIES〉の第6弾タイトルとして発売された。『スーパードンキーコング』シリーズのサントラと同様にプレミア化が著しく、現在は極めて入手困難である。

映像演出を支える音楽づくり──『スターフォックス アドベンチャー』

 『ディディーコングレーシング』発売後に企画が立ちあがった『Dinosaur Planet』は、レア社オリジナルタイトルとしてスタートした一作だが、開発が長期化した。やがて任天堂の提案で『スターフォックス』のIPを使用したアドベンチャーゲームとして仕切り直す形となり、対応ハードもNINTENDO64からニンテンドーゲームキューブに変更。2001年に『スターフォックス アドベンチャー ダイナソープラネット』のタイトルが発表され、2002年9月にアメリカと日本、同年11月にヨーロッパで『スターフォックス アドベンチャー』として発売された。結果的に数年がかりのプロジェクトとなった本作はデビッドがメインコンポーザーを務め、ベン・カラム(ジャズシンガー/ピアニストのジェイミー・カラムの兄)が追加楽曲制作を担い、『スターフォックス64』(作曲:近藤浩治・若井淑)の楽曲アレンジ、アンビエンス・トラック(環境音)、未使用曲を含めると100曲以上もの楽曲が制作された。また、一部楽曲では同僚のグラント・カークホープ、ジェイミー・ヒューズ、ロビン・ビーンランド、スティーブ・バーク(本作がレア社での最初の仕事となった)が演奏で参加。タイトル画面のプレイデモやスタッフロールで流れる『スターフォックス64』の「オープニング」のアレンジのトランペット演奏はグラント、ジェイミー、ロビンによるもので、ゲーム序盤のグレートフォックス内のシーンやスタッフロールで流れるヘヴィ・メタル・チューンではグラントが泣きのギターソロを披露している。

 ゲーム全体でみれば野趣あふれるパーカッシブなリズムとシンフォニックなアレンジが多くを占め、メロディアスなアプローチよりもゲームの操作感(本作はアドベンチャーパートが中心で、従来のフライトシューティングはサブ的な位置づけにある)や映像的な演出とのマッチングを重視した楽曲づくりがなされている。さまざまなフィールドの臨場感を音で伝えるアンビエンス・トラックも入念な仕上がりだ。ゲームハードの進歩によるグラフィックや演出面の向上にあわせて、ゲーム音楽をよりインタラクティブに機能させようという目配りが感じられる。デビッドが2008年のインタビューで、ゲーム音楽の展望についてこう言及していたことも改めて興味深い。

「I see the industry trying to move more towards the film industry approach. However, unlike the film industry, games are non-linear, and ideally, the action is lead by the player. There are now so many elements that work together, such as graphics, physics, and so many variables, especially in a multiplayer environment. You can't just stick a sound effect in and hope it works for all scenarios, or have a tune play and hope it might suffice. I think the opportunities for great video game audio will be with interactive scores that react or prompt the player about the scenario in which they find themselves. I also think that as games become a little more involved, the mixing of game audio will have to adapt to be a little more dynamic.

So I think there is still much scope available to improve the audio experience available to players. It's definitely a different medium to film. Far more immersive, and I would hope that video game audio will carry on evolving to reflect this. 」

(ゲーム業界は、映画業界のアプローチに近づこうとしているように思います。しかし映画業界とは違ってビデオゲームは非直線的であり、アクションはプレイヤー主導であることが理想的です。グラフィックや物理演算、多くの要素が連動し、特にマルチプレイ環境では多くの変数が存在するようになりました。効果音を入れればあらゆるシナリオに対応できるとか、曲を流せばそれで十分というわけにはいきません。優れたビデオゲームオーディオの可能性は、プレイヤーが自ら置かれたシナリオに反応したり、促したりするようなインタラクティブなスコアにあるのではないでしょうか。また、ゲームがより複雑になればなるほど、ゲームオーディオのミキシングもよりダイナミックに対応していく必要があると思います。

 ゆえに、プレイヤーに提供するオーディオ体験を向上させる余地は、まだまだ多いと思います。映画とは異なるメディアだということは間違いありません。ゲームオーディオも、それらを反映した進歩を続けてほしいですね)

 

★Composer Interview: David Wise
【OverClocked ReMix|2008年12月10日・2015年5月20日改訂】
https://ocremix.org/info/Composer_Interview:_David_Wise

2002年~2009年 レア社の過渡期とデビッド・ワイズの転機

 2002年9月24日(現地時間)、マイクロソフトはレア社を3億7500万ドルで買収したことを発表し、レア社はマイクロソフト・ゲーム・スタジオの傘下となる。任天堂のセカンドパーティとしてのレア社の開発作品は『スターフォックスアドベンチャー』が最後となり、2001年のE3で発表された『ドンキーコングレーシング』『ディディーコングパイロット』など、据え置き機で発表予定だった任天堂IP関連タイトルは開発中止となった。ただし、旧作タイトルの携帯型ゲーム機への移植版の開発はしばらく続けており、2004年にゲームボーイアドバンス版『スーパードンキーコング2』(日本発売は7月)、2005年にゲームボーイアドバンス版『スーパードンキーコング3』(日本発売は12月)、2007年にニンテンドーDS版『ディディーコングレーシング』(日本未発売)が発表された。

 リメイク版『スーパードンキーコング3』では、デビッドが新曲・新アレンジを制作している。当初はスーパーファミコン版のイーブリン・フィッシャーの楽曲のアレンジ移植を検討していたが、変換時に波形データの補完的な処理が行われない(音が粗くなる)ため必然的に非常に限られた帯域幅での作業となることと、携帯型ゲーム機であるゲームボーイアドバンスのスピーカーでは低音の持続音を多く含む原曲の質感を十分に再現できないという問題に直面する。イーブリンがつくりあげた繊細な雰囲気やダークな味わいはスーパーファミコンと不可分のものであったのだ。さらに、デビッドがリメイク版プロジェクトに加わったのは開発終盤であったため時間が残されておらず、原曲の移植・調整に多くの時間を費やすよりも、カスタムサウンドドライバーの性能を最大限に引き出す新曲を制作する方が現実的であると判断が下された。そうした数々の制約に直面しての制作だったが、楽曲のクオリティの高さはさすがというほかない仕上がりだ(以下、曲名表記はゲーム中のサウンドテストに準ずる)。輪郭の太いシンセ・ロックを聴かせる小屋コースBGM「Mill Fever」や、インダストリアル・テクノ的なボス戦BGM「Arich Boss」、ファンキーなビートが炸裂するダクトコースBGM「Pokey Pipes」など、アップトゥデイトなアプローチが刺激的に響く。さらに「ジャングルレベル JUNGLE LEVEL【DK Island Swing】」や「水中レベル WATER MUSIC【Aquatic Ambience】」のアレンジが複数の楽曲で登場している。様々な点で賛否が分かれる内容となったリメイク版だが、イーブリンとデビッドのそれぞれの音楽性の魅力を再発見するきっかけとなったという点で、意義深いものがあったのではないだろうか。

 2008年にニンテンドーDS用ソフトとして発表された『Viva Piñata: Pocket Paradise』(日本未発売)が、レア社でのデビッド・ワイズの最後の仕事となった。本作は2006年発表(日本発売は2007年1月)のXbox 360、Windows用ソフト『あつまれ!ピニャータ』のリメイク移植作。デビッドはグラント・カークホープとスティーブ・バークの原曲のアレンジ移植を行いつつ、いくつかの新曲を書き下ろし、決定版となるよう力を尽くしている。レア社の開発方針や制作環境の変化(創業者であるスタンパー兄弟の退社など)にともない、かつてのように自身のクリエイティビティを納得いく形で発揮することが難しくなったと感じたデビッドは、フリーランスとして第一歩を踏み出す決意を固め、レア社からの退職を2009年11月に明らかにした。

前編:ゲーム音楽家活動36周年 『スーパードンキーコング』を手がけたデビッド・ワイズの足跡
後編:『スーパードンキーコング』への帰還、そして世界的な活躍へ デビッド・ワイズにとっての“ゲーム音楽”とは

参考文献・動画

▼「COMPANY NEWS; NINTENDO TO BUY STAKE IN BRITISH COMPANY」
【The New York Times|1995年4月19日】
https://www.nytimes.com/1995/04/19/business/company-news-nintendo-to-buy-stake-in-british-company.html

▼「GameCube Developer Profile: Rare」
【IGN|2001年3月1日 [2012年6月21日アップデート]】
https://www.ign.com/articles/2001/03/01/gamecube-developer-profile-rare

▼「Microsoft Acquires Video Game Powerhouse Rare Ltd.」
【Microsoft|2002年9月24日】
https://news.microsoft.com/2002/09/24/microsoft-acquires-video-game-powerhouse-rare-ltd/

▼「IGN Presents the History of Rare」
【IGN|2008年7月29日 [2022年12月3日アップデート]】
https://www.ign.com/articles/2008/07/28/ign-presents-the-history-of-rare

▼「Composer Interview: David Wise」
【OverClocked ReMix|2008年12月10日・2015年5月20日改訂】
https://ocremix.org/info/Composer_Interview:_David_Wise

▼『GamesTM(January. 2009)』
【Imagine Publishing】

▼「David Wise Interview: Revisiting Donkey Kong Country」
【VGMO|2010年12月15日】
http://www.vgmonline.net/davidwiseinterview/

▼「Interview: David Wise Nintendojo interviews video game music legend David Wise.」
【NINTENDOJO|2011年8月26日】
https://www.nintendojo.com/features/interviews/interview-david-wise

▼「Synth, big band jazz and the remaking of Donkey Kong Country's amazing sound」
【Polygon|2014年3月5日】
https://www.polygon.com/2014/3/5/5456852/donkey-kong-country-tropical-freeze-music

▼「SOUND TEST #06 - Donkey Kong Country (w/David Wise, Eveline Novakovic & Grant Kirkhope) [INTERVIEW]」
【THE SOUND TEST(YouTube Channel)|2018年9月1日】
https://www.youtube.com/watch?v=lZpnNsb5HLA

▼「The men behind the music, Yooka-Laylee composers Grant Kirkhope and David Wise on soundtracks, musical inspirations」
【GAMING TREND|2020年3月25日】
https://gamingtrend.com/feature/interviews/the-men-behind-the-music-yooka-laylee-composers-grant-kirkhope-and-david-wise-on-soundtracks-musical-inspirations/

▼「David Wise and Grant Kirkhope Remember Composing Goldeneye 007, Meeting Miyamoto, and Rare's Golden Age」
【VG247|2020年5月21日】
https://www.vg247.com/david-wise-and-grant-kirkhope-remember-composing-goldeneye-007-meeting-miyamoto-and-rares-golden-age

▼「Donkey Kong Country's David Wise Talks Legacy, Nintendo Switch, and More」
【ComicBook.com|2020年8月4日】
https://comicbook.com/gaming/news/donkey-kong-country-david-wise-interview/

▼「A ‘Rare’ Interview with Donkey Kong Country Composer Eveline Novakovic」
【fanbyte|2021年6月22日】
https://www.fanbyte.com/games/features/a-rare-interview-with-donkey-kong-country-composer-eveline-novakovic/

▼「THE MAKING OF Star Fox Adventures, The Game That Was Once Dinosaur Planet」
【TIMEEXTENSION|2022年9月23日】
https://www.timeextension.com/features/the-making-of-star-fox-adventures-the-game-that-was-once-dinosaur-planet

▼「THE MAKING OF Diddy Kong Racing, The Game That Overtook Mario Kart」
【TIMEEXTENSION|2022年10月9日】
https://www.timeextension.com/features/the-making-of-diddy-kong-racing-the-game-that-overtook-mario-kart

▼「SACRED SPACES Rare's Manor Farm HQ - Nintendo's '90s Hit Factory」
【TIMEEXTENSION|2022年11月9日】
https://www.timeextension.com/features/sacred-spaces-rares-manor-farm-hq-nintendos-90s-hit-factory

▼「Feature: From Bon Jovi To Banjo - Grant Kirkhope On The "Complete Fluke" Of His Rare Musical Journey」
【nintendolife|2023年6月30日】
https://www.nintendolife.com/features/from-bon-jovi-to-banjo-grant-kirkhope-on-the-complete-fluke-of-his-rare-musical-journey

『クロノ・トリガー』の楽曲など手がける光田康典による“厳しめの”イヤホン・ヘッドホンレビュー そして語られる今日の音楽制作論

日本のゲーム音楽を代表するコンポーザー/アレンジャー/プロデューサー、光田康典。彼は今日までに、スーパーファミコンの『クロノ・ト…

関連記事