プリ機大手メーカー、なぜレタッチソフト開発へ? 培った「盛りのノウハウ」に感じた“かわいい”へのあくなき努力と探究心
成人式の前撮りやブライダル写真などを撮影する際に利用することが多い“撮影スタジオ”。実はこの撮影スタジオにも、ある革命的なテクノロジーが導入されようとしていることをご存じだろうか。なんとそれは、被写体自身が自分の好みにあわせて感覚的にレタッチできるAI画像処理レタッチソフトなのだという。
そんなレタッチソフト『FURYU retouch』を開発したのは、プリントシール機の大手メーカーであるフリュー株式会社。プリ機といえば撮影後に目の大きさや輪郭を調整する“落書き機能”がある種ユーザーにとってレタッチのような存在なのだが、撮影スタジオの写真とはかけ離れているようにも感じる。
そこで、今回は『FURYU retouch』の仕掛け人でもある、同社の戦略本部 経営戦略統括部 新規事業開発部 クリエイティブディレクターの松原菜津美氏にインタビュー。なぜ同社がレタッチソフトに参入し、“AIによる自然なレタッチ”を実現するまでに至ったのか。その裏側には、あらゆる“かわいい”を追求する同社の、あくなき努力と探究心があった。
「プリ以外でも『盛れる価値』を証明できないか?」
――フリューさんといえばプリントシール機のイメージですが、今回は写真スタジオ向けのレタッチソフトの開発、販売ということで驚きました。まずはプリントシール機の技術開発を長年進めてきたことが『FURYU retouch』に活きているのかという点を確認させていただきたいです。
松原:全てではないですが、プリントシール機からのノウハウの継承はされています。とくに、顔のパーツを一つひとつ細かく認識するようなアプローチなどはかなり活かされている部分だと思います。
――プリントシール機とレタッチソフトを並行して作っていたというよりは、プリントシール機の技術を横展開して開発した形に近いんですか?
松原:『FURYU retouch』自体はまったく新しいソフトウェアとして開発されていますが、プリントシール機から派生し2018年にリリースしたカメラアプリ『moru』の画像処理エンジンが使われています。
通常、プリは作り込まれた安定している撮影環境で正面のアングルから撮られますが、写真スタジオでの撮影となるといろんな場所、角度から撮られますよね。そこはプリとは異なる点なので、どちらかというとさまざまな撮影環境を想定した『moru』の技術がベースとなっています。ただ、撮影した被写体から個々を認識して、さらに顔のパーツを認識するというような、基礎の設計に関してはプリで培った技術を引き継いでいる部分です。
プリの経験で活かされたことでいえば、「どういう状態をユーザーさんが“盛り”ととらえるか」という、感性の部分のノウハウは大きいかもしれません。盛る技術に関してもそうですが、そこを間違えると上手くいかないので、元々プリの企画をしていた経験があったことは大きかったと感じています。
――松原さんはどのような経緯で現在のお仕事に携わることになったのでしょう?
松原:フリューに入社してから約13年間は、プリの企画担当をしていました。私自身、新しいことに挑戦するのが好きだったので、プリの企画を担当しながらも色々なことに挑戦させていただきました。そこから現在所属している新規事業開発部に異動し、これまで培った「盛る」感性や技術を活用して、プリ以外でも「盛れる価値」を証明できないか? ということで「FURYU retouch」の企画開発に至りました。
――『FURYU retouch』以外にはどのようなことに取り組んできたのでしょうか?
松原:プリで得た若い世代の女性を中心とした接点を活かせる領域で、何か新しいことができないかと思い、色々なことに挑戦してきました。2019年まで実施していた“ダイソー×フリュー『ガールズトレンド研究所』”というプロジェクトでは商品の企画・デザインを全面プロデュースしました。他にも“かわいいは高カロリー”のコンセプトをもとに航空会社をテーマにデザインをしたファストフード店『CHUBBY AIRLINES』(※)や、フリュー直営のプリ機専門店『girls mignon』では店舗のデザインやプロデュースを行ったりしていて、トレンドに敏感な世代に喜んでもらえるような活動を、裁量をもって担当させていただいています。
(※現在は株式会社浜倉的商店製作所へ運営を移管済み)
――『FURYU retouch』のキモは被写体が自分で“盛り具合”を調整できるという点にあるかと思います。スタジオは本来カメラマンが主導で撮影・レタッチを進めるため、これまでにない領域に踏み込んだように思えるのですが、どのようなアイデアからこのシステムに至ったのか教えてください。
松原:「盛れている状態」の感覚って人によって全然違うじゃないですか。そして、私はそこに正解はないと思っていまして。プリにしても「自分の顔が一番盛れるのはこの機種!!」という形で、一人ひとりの好みが細分化していますし、カメラアプリ等の進化によってすごく細かく自分の顔を調整できるような時代になっていますよね。つまり、自分の好きな顔やその盛れ感は自分自身が一番よく分かっているはずなんです。
でも、いざそれを言語化して人に伝えようとすると、感覚的な部分がゆえに中々難しいと思っていて。私が実際にスタジオで撮影したときに感じたのは、レタッチをしていただくときに「もう少し腕を細くしてほしい」「もう少し顔を小さくしたい」と思って伝えても、その「もう少し」の感覚がカメラマンとずれてしまうことが多いということです。かといって、そうじゃなくて、と何度も伝えるのは申し訳なくて気が引けますし。それであれば、自分で調整できる形のほうが一番満足度が上がるだろうと考えました。
実際、スタジオやカメラマンの方々にヒアリングを進めていくと、撮影する側としても「レタッチにおいて、ユーザーさんの好みを一発で確実に掴むのは難しい」という悩みを抱えている方が多いことも分かって。なので、やはり被写体自身が自分で調整できる方がスタジオ側にとっても手戻りが減り、結果双方にとっていいだろうと、この形にしました。
――スタジオはカメラマン主導という大前提があるので、スタジオカメラマンが『FURYU retouch』をどう感じるのかはリリースを見たときにすごく気になったことでした。カメラマン側からも大歓迎といった感じだったんですね。
松原:もちろん、最初はさまざまな反応をいただきました。たとえば、世界観を大切にされるカメラマンの場合、はじめは抵抗を感じた方もいらっしゃったみたいで。というのも「自分の撮影したものが、一体どれだけ加工されてしまうのだろう」という心配があったようなのです。
ですが、『FURYU retouch』は世界観をまるごと変えてしまうのではなく、顔のパーツなど決まった箇所“だけ”を変えることができるソフトウェアです。なので、世界観を崩さずに顔や全身バランスだけを被写体の好みに寄り添う形で可愛くできると説明し、実際にツールもお見せしたところ、すごく喜んでいただけました。
それから、ユーザーさんにレタッチをしてもらう数が少ない点数で済むというのもポイントです。顔のアップとバストアップと全身で、計5枚レタッチ・調整していただくと、1,000カット規模の数に全てAIが自動で反映してくれます。スタジオ側での調整作業の負担もかなり削減できるんです。
――プリントシール機自体にも最近、レタッチの一括反映が実装されましたよね。AIで自動処理をして全体に反映するといった技術は、プリントシール機とは別の軸で開発されていたんですか? 別だとした場合、なぜそのような技術を導入したのでしょうか?
松原:プリとは全くの別軸で開発していました。少ないレタッチカット数で全体へ自動反映できるようにした理由は、『FURYU retouch』がスタジオ様で使っていただくソフトだからです。写真スタジオではカメラマンのレタッチ工数が課題になっていたようですので、その工数を削減できないとサービス価値が低いと思っていました。また、いざユーザーさんご自身でレタッチができるようになったとしても、スタジオの中でこのソフトを1時間も2時間も使っているようだとオペレーション的にも上手く回らないと思うので、それも含めて効率化できるように仕様を考えました。