“実在しない”19歳港区女子のTikTokが100万回再生 増加する「AIインフルエンサー」の危険性と課題

増加する「AIインフルエンサー」の危険性と課題

 「神宮寺藍」という名前の女性をご存知だろうか。TikTokでアカウントを開設してからたったの数日で動画が100万回以上再生された人気のクリエイターだ。本業はグラビアアイドル、年齢は19歳の「港区女子」だという。そんな彼女にはとある秘密がある。

 話題になった投稿をよく見ればわかるとおり、神宮寺藍という女性はこの世に存在しない。このコンテンツはAIによって生成された画像を使った動画なのだ。画像を基に動画を制作していることから、神宮寺藍に動きはなく、よりAIだと気付きにくくなっている。

 TikTokに動画が投稿された後、神宮寺藍のアカウントは会社経営者の朝比奈ひかり氏によってTwitterで紹介され、その投稿が約5000リツイートされたことから、さらに話題が広がった。

 神宮寺藍が実在しないとすれば、その裏側にいるのは誰なのだろうか。TikTokのアカウントを見ると、プロフィール欄に「X AI Agent」との表記がある。また神宮寺藍の名前で運営されているTwitterでは「TikTokは壮大な社会実験です」と「中の人」の言葉が綴られており、組織体が仕掛けているようだ。

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 「X AI Agent」が「社会実験」を行っているアカウントは1つではないようだ。22歳のグラビアアイドル「小鳥遊みなみ」と名乗るアカウントにも「X AI Agent」の文字がある。この「小鳥遊みなみ」がInstagramでフォローしている「ai_kawaiichan」というアカウントも同組織が管理している可能性が高い。「ai_kawaiichan」は、さまざまなタイプのAIで生成された美女を紹介しており、15歳の新人韓国アイドルという設定のAI生成画像を使用した投稿は60万以上再生されている。

 AIの美女が話題になるのはTikTokだけではない。Twitterでは日中ハーフの18歳という設定の「天音あい」が8万人からフォローされており、4月末の投稿は1.3万件のいいねを集めた。投稿には幼い顔立ちで、胸部を強調したコスチュームの女性の画像が添えられている。多くの日本人男性が性的に魅力を感じやすいコンテンツなのだろう。

 AIの美女である神宮寺藍と天音あい。どちらも支持されているものの、フォローしている「客層」は少し異なるようだ。どちらにも「繋がりたい」と感じている男性フォロワーからのコメントが多いが、TikTokで話題になっている神宮寺藍には女性のファンが多い。前述のai_kawaiichanについても、現時点では女性の支持を集めそうな動画の再生数が伸びている。女性の支持を集められるかで明暗が分かれているようだ。

 神宮寺藍はどこが女性に受け入れられているのだろうか? それは「努力をして30キロ痩せた」という設定にあると考える。生まれながらの美女よりも、一定の努力を経て美しくなっている女性の方が、自分自身も美しくなりたいと思っている人にとって2つの点においてフォローする動機になる。

 1つは方法論を知ることができるということ。再現性のあるメソッドを共有されれば、自分も取り入れやすい。

 もう1つはモチベーション維持のためのロールモデルとなることだ。神宮寺藍は「ダイエットのビフォー写真」を公開しており、その変貌ぶりがボディメイクに取り組む人のモチベーションになるだろう。

 30キロも痩せて美しくなった人をロールモデルに、彼女の方法を真似ながら、自分自身も本来あるべき美しい姿に近づきたいと考えるのだ。

 実際に「痩せた方法気になる人多ければまとめるよ😳」というコメントに対して、500以上のいいねが集まっている。ダイエットの方法を質問するコメントや、着用する水着のブランドを尋ねるコメントも相次いでいる。彼女のメソッドを知りたい女性たちによって、エンゲージメントが生まれているのだ。

 今後はAIが生成した「容姿がよく、性的に魅力を感じる女性のアカウント」が増えていく可能性がある。男性ではなく、女性である必要があるのは、前述の通り「ロールモデル」だと捉える層も取り込めるからだ。容姿が美しい男性を参考に、自分も努力をして美しくなりたいと感じている男性の数が少ないため、AIで男性のアカウントを作るとエンゲージメントが減ってしまう。

 現代の社会では、悲しいが女性の方が容姿を磨くことへの切迫感があり、それがエンゲージメントを生んでいる。AIによって俗人離れした美女が増えると、その切迫感はさらに増してしまう危険性もある。

 では、AIによって作られた美女は悪なのだろうか?コンテンツは削除されるべきなのだろうか?筆者はコンテンツを削除することよりも、「AIである」という事実が添えられていることが重要だと考える。

 事実を添える機能は少しずつ広がりを見せている。Twitterでは審査によって選ばれたユーザーが「背景情報」を追加できる機能が2022年12月にグローバルリリースされた。現時点では誤った情報の指摘が主な使われ方だが、投稿された画像がAIによって生成されていることを知らせることもできる。

 ソーシャルメディアは可処分時間をより長くそのプラットフォーム内で過ごしてもらう工夫をしている。AIが携わった投稿の方がより魅力的なコンテンツになるのであれば、アルゴリズムもそちらを優先するだろう。筆者は直近で「浮気されて見返すと決めて12キロ痩せた」実在する女性のアカウントを見つけたが、AIで生成された「浮気されて見返すと決めて30キロ痩せた」神宮寺藍の方がフォローを集めてしまっている。見る側にとっては30キロという数字はインパクトが大きい。アルゴリズムはより見られた後者の動画を表示するようになり、さらに視聴数が伸びるのだ。一方で、ユーザーはそのアカウントがAIで生成されたフィクションであることを知る権利も少なからずあるだろう。若い女性が30キロ痩せられると考えて、過激なダイエットに取り組んでしまったら、健康被害を生みかねない。

 今後、AIのコンテンツが増えていくだろう。エンゲージメントが高い以上、プラットフォーム側がすぐに規制に乗り出すとは考えづらい。我々にはAIであるかを判断する、あるいは背景情報を自分で集めるスキルが求められる。

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