ここ数年で起きた“3つの動き”から見る「VTuberシーンの成熟化」 運営会社の統合や誹謗中傷への対処など、将来を見据えた整備が進む

VTuberシーン成熟化 "3つの動き"

 ビジネスライクな視点からファンの視点へと移ってみよう。Brave groupによる経営統合の発表に際して、関係するグループほぼすべてのファンが口を揃えてこうコメントした。

「会社が変わってしまったら、活動の内容が変わってしまうの?」

 答えを先に書いてしまえば、各グループとも活動方針が変わることはなく、実際の活動にも支障はなかった。運営元の会社から別の会社への移籍になると勘違いしたファンも多かったようだが、そういった認識も、時間を経て誤解が解けていった格好だ。

 筆者がこれまで話を聞いたいくつかのVTuber事務所のスタッフが口を揃えているのは「運営側からタレントに活動を押し付けるようなことはない」「アドバイスやお手伝いできる部分をタレントと共有し、活動をサポートしていく立場だ」という言葉だ。

 Brave groupに属していた「あおぎり高校」がviviONへと移籍したのも、今後の活動について綿密に話し合いを続け、「所属タレントがより良く活動できるようになるには?」と行動した結果が故であろう。

 この視点・考え方・理念は、「774.inc」に所属していたタレント、小森めとが「ぶいすぽっ!」へと移籍したことにも共通して見て取れる。

 2023年1月26日の小森めとの雑談配信中に発表されたこのニュースは、大きなトピックとして話題になった。

 活動する際の所属が変わるパターンはいくつかあれど、サッカーや野球選手のような移籍劇はVTuber〜バーチャルタレントシーンではほとんど類をみない。しかも彼女はチャンネル登録者数30万人を超え、同時視聴者数は軒並み5000人~1万人を集めるような人気配信者、所属していた774.incからすれば看板娘の一人であった。

 そんな彼女が、2月1日から名義・アバター・YouTubeチャンネルなどはそのままに移籍・活動を継続していくことは、非常に大きな意味を持っている。すこし突っ込んで話をしてみよう。

 まず、小森めとのアバターの使用に基づく部分だ。今回の場合を例にすると、小森めとが774.incから他の事務所へ移籍するとなると、小森めとのルックスとなるアバターを制作した774.incは、他事務所でのアバター使用を断るのが通例であろう。

 結果、小森めとは活動を引退、別の名義となって他の事務所からデビューを果たす……このような形がこれまでのメジャーであり、いわゆる「転生」と言われる慣習となっていた。

 これには運営側が「このビジュアルでやりたい」と考えがあって動いていたり、もしくはタレント本人が自らモデルを変更したいと希望していたり、さらには3Dモデルを含めたVTuberのビジュアルデザインに絡んだ著作権・肖像権・商標権をどうすべきかなど、金銭的・倫理的な事情が複雑に絡み合っている。

 そういった事情が絡むなか、なぜ小森めとが小森めとのまま移籍できたのか。要点は2つあると思われる。両事務所がともにアナウンスしているように「小森めとの活動をリスペクトし尊重した」結果であること。もう一つは「小森めとが傑出した配信者・インフルエンサーであり、影響度が非常に高かったこと」の2点があるだろう。

 先にも述べたが「774.incの看板娘の一人」であるがゆえ、「移籍なんてありえない」「今までと同じように引退・再スタート」という判断を下すことは当然ありえた。

 だが「小森めとのルックス・アバター」を使用できるのは1人しかいないという認識に則ってみたとき、大きな影響力をもつ彼女が消えてしまうのは、シーンの縮小・ネガティブな思考にも繋がりかねない。両者ともに共通認識をもち、このように判断したのだろう。

 小森めと本人の活動をリスペクトしつつ、VTuber〜バーチャルタレントシーンへの影響をも見据えていたこの判断は、先にも書いたように異例中の異例であり、ファンや同業のVTuberらからも好意的かつ驚きをもって受け取られたのだ。

 元いちから株式会社(現:ANYCOLOR社)のCOOを務め、VTuber〜バーチャルタレントシーンに長く関わっている岩永太貴氏のツイートが、事の大きさを物語っている。

 移籍先となったぶいすぽっ!には、小森めとがもともと親しくしていた一ノ瀬うるはや橘ひなのといった面々がおり、移籍先との親和性が非常に高かったことも、引退ではなく移籍という判断が下された要因であろう。

 もちろん、小森めとの活動内容や方針はまったく変化はない。「ブイアパ(※1)の引きこもりニート担当」から「ぶいすぽっ!の引きこもり・ニート担当」へと名乗りが変わっても、その姿・活動に一切の変化がないことはファンにとっても安心すべき点だ。

 今後、こう言った移籍のケースが増えれば良いと考えるファンは多いだろうが、小森めとの例がいかに稀有な出来事であったかをしっかりと見つめなおせば、同じパターンの移籍が簡単には起こりづらいことが分かってもらえるだろう。

 とはいえ、企業同士が綿密な話し合いを行い、かつ柔軟に対応することで、さまざまな道が拓かれうるというのが分かる。あおぎり高校の移籍の件を含めても、まだまだ始まったばかりのVTuberシーンにおいて「万全かつ満足に活動できるフィールド・体制作り・整理」は、今後も行なわれていきそうだ。

※1:「VApArt(ブイアパ)」2023年1月7日まで存在し、小森めとが所属していた774.inc内のグループ。

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