メタバースで「ないもの」とは? 定義から読み解くSNS・ゲーム・AR/VR・NFTとの関係性

メタバースで「ないもの」とは

 発売一ヶ月での四冊重版決定を記念して展開している「メタバース」について学べるバーチャル美少女ねむ著『メタバース進化論』(技術評論社)の第一章「メタバースとは何か」の全文掲載。前編『メタバースとは何か? SF文脈とバーチャルリアリティ学から読み解く「メタバースの定義」』で整理した同書におけるメタバースの定義に従い、後半では実際になにが「メタバースでない」のか、そして「メタバースが持つ真の革命性」にせまっていく。(編集部)

メタバースではないもの

 メタバースという言葉は今後の成長投資領域として注目されているため、様々な領域のプレイヤーの複雑な思惑が絡み、様々な情報が飛び交っていて、理解を非常に難しくしています。定義についてまとめたところで、これらよくある誤解について順番に整理していきたいと思います。

メタバースはSNSのことではない

 まず、FacebookやTwitterなどのSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)もメタバースの一種であるという意見があります。しかし、SNSはそもそも要件「(1)空間性」を満たしていないためメタバースとは言えません。従来のSNSにおけるWeb上での二次元のコミュニケーションが、三次元空間に拡張されたものがメタバースであると考えるとよいでしょう。

 ただし、例えばソーシャルVRでは仮想キャラクターとして生活している際に知り合った相手との連絡手段として既存のSNSを使うことはよくあることです。その意味で、SNSは今後メタバースを構成するコミュニケーションツールの一つとなっていく、という考え方はできると思います。

メタバースはオンラインゲームのことではない

 『ファイナルファンタジーXIV』をはじめとするマルチプレイヤー参加型のオンラインゲーム(MMO)や『あつまれ どうぶつの森』では、もはやゲームと関係のないコミュニケーションを目的としてプレイするユーザーも多くいます。ユーザー間の恋愛や、アイテムの交換による経済活動も行われており、これらもメタバースであるという主張もあります。

 しかし、「(2)自己同一性」の観点で言うと、ゲーム内のアバターはカスタマイズの自由度はあるものが多いですが、ほとんどの場合あくまでゲームタイトル(IP)の世界観の中での「キャラクター」としての自由度であり、その姿のアイデンティティを維持したまま他のゲームの世界に行くことはできません。また、基本的にアバターの著作権はゲームの運営会社に帰属し、プレイヤー自身のものにはなりません。例えばソーシャルVRでは、私は自由にデザインしたアバターを自分の分身として持ち込み、複数のプラットフォームで使いまわしたり、そこで撮影した自分の写真をブロマイドや写真集として売ったりすることを当たり前のようにやっていますが、そういったことは現在のオンラインゲームだと難しいです。先述した日本バーチャルリアリティ学会による教科書『バーチャルリアリティ学』でも、オンラインゲームとメタバースは別のものとして説明されています。

 「(4)創造性」の観点でも、基本的にゲーム内のコンテンツは運営が提供するもので、ユーザーが生成するコンテンツ(UGC)も中にはありますが限定的です。

 さらに「(5)経済性」から見ても、現在のプロゲーマーは基本的に動画配信や大会の賞金など、あくまで物理現実世界で収入を得ています。ユーザー同士の経済という意味でいうと、ゲーム内のアイテムがオークションサイトなどで売買されることが多いのは事実ですが、これはゲームの利用規約に違反した犯罪行為であることがほとんどであり、発展性のある経済であるとは言えません。

 「(7)没入性」についても、VRに対応しているタイトルはまだごく一部です。対応していてもユーザー同士のコミュニケーションではなく、一部コンテンツが体験できるのみ、と言ったものが多いです。

 ただし、大規模マルチプレイヤー参加型のシューティングゲーム『フォートナイト(Fortnite)』を提供するアメリカ・Epic Games社CEOティム・スウィーニーなど、今後オンラインゲームがメタバースとして進化していくと主張している人もいます。実際に『フォートナイト』では人気アーティストのライブイベントをゲーム内で実施したり、アパレルブランドNIKEのアイテムを購入して自分のアバターに着せることができたり、従来のゲームの枠を超えた用途が徐々に広がっているのは確かです。

 子ども向けゲームプラットフォーム『Roblox(ロブロックス)』を提供するアメリカ・Roblox社CEOデイビッド・バシュッキもそのように主張しています。『Roblox』はクリエイターがゲームやアバターなどのコンテンツを販売できる「経済性」がすでに非常に大きな市場になっていますし、VR対応ゲームの開発環境の提供も進めています。

メタバースはAR・VRのことではない

 メタバースは「AR(Augmented Reality、拡張現実)」や「VR(Virtual Reality、仮想現実)」のことではありません。メタバースとはあくまでその先にある仮想世界を指しており、AR/VR技術はその世界に入る一つの「アクセス手段」に過ぎません。

 毎日VRゴーグルを被ってメタバースに入っている私が言うのもなんですが、現時点でのVRゴーグルはまだ少し重いですし、解像度・視野角・リフレッシュレートなどは劇的に進化しているもののまだ肉眼で物理現実を見ている時と比べると劣り、慣れないと酔いの問題もあります。万人がこれを今すぐ日常的にやるにはまだちょっとハードルが高いかもしれません(とはいえ日進月歩の世界なので向こう数年でかなりのレベルに到達すると思います)。

 メタバースの要件の一つは「(6)アクセス性」です。VRは「(7)没入性」を実現するための必須要素ではあるものの、メタバースにはスマホやPCから気軽にログインしてもいいし、AR技術を使って物理現実の中にメタバースの一部が登場してもいいし、色んな形があっていいはずです。実際に、ソーシャルVR「cluster」などではスマ―トフォン・PC・VRゴーグルなど、複数のデバイスからアクセスして楽しむことが既に可能になっています。

メタバースはNFT・ブロックチェーンのことではない

 ブロックチェーン技術を活用して改竄と複製が不可能なデジタルな証明書を作り、個人間トレードなどを可能にする技術「NFT(Non Fungible Token、非代替性トークン)」が現在注目されています。メタバースがこれとセットで語られることも多いですが、現時点ではメタバースはNFTと直接関係はありません。中にはNFTが使われているものもありますが、別にNFTやブロックチェーンを使わなくてもメタバースは構築可能です。

 NFTによりメタバース空間でデジタルアート作品の「所有権」の取引が可能になるとよく誤解されていますが、現時点では不可能です。技術的にも法律的にもクリアしないといけないことが多く、今後どうなっていくのか完全に未知数の領域です。投機やお金が絡む話なので、詐欺のような話も多いので十分注意しましょう。

 NFTは「デジタル化されたトレカ(トレーディングカード)」と考えるとイメージが湧きやすいと思います。私はVTuberとして最初期にNFTを発行・販売した一人でもあります。NFTに「イラスト」と「私の音声」を紐付けた、デジタルならではの「ボイス付きトレカ」なども発行しました。これは私が限定枚数で発行したトレカであり、希少性のあるファングッズであることは間違いありませんが、トレカを持っているからと言ってトレカに貼られたイラスト(紐付けられたデータ)を所有していることにはなりませんし、私に対して何か権利があるわけでもありません。

「バーチャル美少女ねむ」ボイス付きNFT - VTuber NFT(イラスト:ホタテユウキ先生)
「バーチャル美少女ねむ」ボイス付きNFT - VTuber NFT(イラスト:ホタテユウキ先生)

 また、メタバースを名乗るサービスの中には、仮想空間の「土地」をNFTで売買できるタイプのものが一部あります。2021年11月には「一週間あたりのメタバースの土地の売買総額が1億ドル(約100億円)を超えた」として大きな話題になりました。

 こういったサービスには「The Sandbox(ザ・サンドボックス)」や「Decentraland(ディセントラランド)」などがあります。これらは、パソコンの画面内で仮想空間のアバターを操作できるのみでVR対応などもしておらず、「(6)アクセス性」「(7)没入性」の観点から考えると、本書で定義するところの「メタバース」には当たらないと考えられます。特に「The Sandbox」については誤解した報道が非常に多いですが、2021年11月時点では期間限定のα版テストをしている段階で、まだ正式サービスインしていません。まだ入ることのできない、一人の住民もいない仮想空間の「土地」が、期待値だけで高額でやりとりされている状況はなかなか凄まじいものがあります。

 そもそも、2章で説明するソーシャルVRなどでは、アクセスする空間はユーザーが思うがまま無限に実体化できますし、どこにでも誰のところにでも瞬時に移動できることが仮想空間ならでは大きなメリットになっています。つまり、物理世界と違って、メタバースには「土地」や「土地の値段」という概念が必ずしも存在するわけではありません。

 なかには、Metaによるメタバースのブームに便乗して、利用実態のない仮想空間の土地を「これからはメタバースの時代。 早く買わないと高騰して買えなくなってしまう」という論調で売っているケースも見受けられます。全てがそうだとは決して言わないですが、売買を行う場合は、きちんと利用実態や将来性があるか見極めた上で行いましょう。なお、2章で紹介するMetaが開発中のソーシャルVR「Horizon Worlds」にも当然ながら「土地の値段」という概念は存在しません。私は仮想空間の「土地」よりも「ワールドの広告表示権」が今後メタバースで大きな価値を持つ巨大産業に発展すると予想しており、6章で解説します。

 ただし、メタバースの要点の一つである「経済性」を考えると、アイテムやサービスをプラットフォームを超えて取引するための「お財布」や、アカウントに取引履歴を蓄積して私のような仮想キャラクターに信頼を生み出し経済活動に参加できるようにするしくみは極めて重要です。長い目で見た場合には、仮想通貨やブロックチェーンがそれを実現するための根幹技術として発展していく可能性は大いにあると考えています。

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