メタバースとは何か? SF文脈とバーチャルリアリティ学から読み解く「メタバースの定義」

「メタバースの定義」とは

 先日掲載したインタビューが反響を呼んだ、メタバース原住民にしてメタバース文化エバンジェリストの「バーチャル美少女ねむ」。今回は彼女の著書『メタバース進化論』(技術評論社)が発売一ヶ月で四冊重版が決まったことを記念して、メタバースの定義と革命性に迫った同書の第一章「メタバースとは何か」を特別に全文掲載で前後編に分けてお届けする。

ソーシャルVRにNFTは不要なのか? バーチャル美少女ねむと考える、メタバースの“誤解”

3月19日に発売された、メタバースエヴァンジェリスト・バーチャル美少女ねむ初の単著『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「…

人類は「イノシシの時代」の先へ進む覚悟はあるか メタバースを通じて会得した“魂で会話する”こと

3月19日に発売された、メタバースエヴァンジェリスト・バーチャル美少女ねむ初の単著『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「…

 バズワードのように使われている「メタバース」だが、さまざまなメディアでの報道を見る限り、“オンラインゲーム”と一緒になって取り上げられたり、“NFT”など別の技術と関連付られたり同一のものとして扱われることも少なくない。前後編にわたる記事を読み、あらためて「メタバース」に関する知識をアップデートしてみてはいかがだろうか。(編集部)

「メタバース」という言葉の由来

 ザッカーバーグによる「Meta」発表以降、テレビやニュースで取り上げられ、大きな注目を集めている「メタバース」 この言葉はいったいどこから来たのでしょうか。

 「メタバース(Metaverse)」は、「超(Meta-)」 と 「世界(Universe)」を組み合わせた造語で、元々はアメリカのSF小説『スノウ・クラッシュ』(1992) に登場する架空の仮想世界の名前です。現実を超えた世界、というニュアンスでしょうか。

 作品中のメタバースは、VRゴーグルを被って体験する三次元のオンライン仮想世界で、アバターの姿でたくさんのユーザー同士がコミュニケーションすることができます。VRゴーグルの再現する視覚と聴覚により、ユーザーはまるで実際にそこにいるかのような体験をすることができます。この作品ではアバターや仮想世界の土地の売買など、仮想世界の中で経済が成り立っていることが一つの特徴で、そういう意味でも現在語られているメタバースの概念を彷彿とさせます。本書冒頭で紹介した、現在私の体験しているソーシャルVRの世界そのものですね。1992年といえばWindows95が発売される3年前。インターネットどころかパソコンが一般的になる前の時代に現在のメタバースの世界を予言しているのは驚きです。

 ただし、アバターは現実の自分を模した姿でなければならないルールがあるなど、異なる点もたくさんあります。また、現在「メタバース」と言うときは、必ずしもVRゴーグルを用いた体験のみに限定しないと語られることが多いです。作品内に登場する「メタバース」と現在のメタバースの定義とは切り離して考えた方が良さそうです。

 とはいえ、現在のVR開発業界には『スノウ・クラッシュ』から大きく影響を受けたと公言する人物が数多くいます。Metaが買収したVRゴーグル開発企業「Oculus(オキュラス)」の創業者パルマー・ラッキーもその一人です。そうした経緯から「メタバース」という言葉が「フィクションではない、本物の仮想空間」という意味合いで使われるようになっていきました。

フィクションが育んだメタバースの概念

 「メタバース」は『スノウ・クラッシュ』で突然生まれたわけではなく、もっと昔からSF作品で試行錯誤されてきた様々な仮想世界の文脈の延長線上にあります。有名なものでは「サイバースペース」「マトリックス」「電脳空間」など、SFファンにはこれらの言葉の方が馴染みがあるかたが多いのではないでしょうか。

 「サイバースペース(Cyberspace)」はカナダの巨匠ウィリアム・ギブスンのSF小説『クローム襲撃』(1981)に登場するもので、今ではオンラインの仮想空間を表す広い意味の言葉として定着しています。ギブスンはそのアイデアを更に練り上げ、小説『ニューロマンサー』(1984)で「マトリックス(Matrix)」として描きました。これは脳に埋め込んだ電極で接続し、意識ごと全感覚で没入(フルダイブ)できる仮想空間です。相手の脳へのハッキング攻撃やそれに対するセキュリティシステムなど、斬新な概念が多数登場します。とても刺激的で面白い反面、非常に難解な小説です。

 その『ニューロマンサー』の難解な世界観を一般人にも理解できる形で、ビジュアルで美しく表現することに成功したのが、士郎正宗先生の漫画『攻殻機動隊』(1991)に登場する「電脳空間」 です。そしてそれを映像化したのが世界的に高い評価を受けた押井守監督のアニメ映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995、Windows95発売の年!) 更に、それにインスパイアされて生まれたのがアメリカのウォシャウスキー姉妹による仮想空間アクション映画の金字塔『マトリックス』(1999)です。

脳に注入したマイクロマシンで意識ごとフルダイブできる「電脳空間」。漫画『攻殻機動隊』(士郎正宗、1991)P11・P14
脳に注入したマイクロマシンで意識ごとフルダイブできる「電脳空間」。漫画『攻殻機動隊』(士郎正宗、1991)P11・P14

 フィクションの世界で我々が抱き、いま遂に現実のものになろうとしている仮想世界「メタバース」のイメージには、日本のSFアニメや漫画の影響も色濃く反映されているのです。

セカンドライフと初期のメタバース概念

 Metaの発表以前にも、「メタバース」という言葉が世界的に注目された時期がありました。それは2007年にアメリカのリンデンラボ社が提供する仮想空間「セカンドライフ」が社会現象になったときです。

 セカンドライフはパソコンの画面の中の自分の分身であるアバターのキャラクターを操作して世界中のユーザーとテキストチャットや音声でコミュニケーションできるサービスです。ゲーム内通貨を現実のお金に換金できることが画期的で、実際に大金を稼ぐユーザーが現れ、大手企業が次々と参入、約100万人のアクティブユーザー数を誇りました。

社会現象になった2008年当時のセカンドライフ(提供:たーぽん)
社会現象になった2008年当時のセカンドライフ(提供:たーぽん)

 日本バーチャルリアリティ学会が2011年に刊行したVR技術の教科書『バーチャルリアリティ学』では、当時注目されていたセカンドライフを前提として、メタバースを以下の四要件を兼ね備えたオンラインの仮想空間として定義しています。現在語られるメタバースと比べると足りない部分もありますが、非常に明快に整理されており理解しやすいので、まずはこれを見ていきたいと思います(それぞれ最後の括弧は私が独自に付け加えた注釈)。

(1)三次元のシミュレーション空間(環境)を持つ(「空間性」)
(2)自己投射性のためのオブジェクト(アバタ)が存在する(「自己同一性」)
(3)複数のアバタが、同一の3次元空間を共有することができる(「同時接続性」)
(4)空間内に、オブジェクト(アイテム)を創造することができる(「創造性」)

 さらに同書では、セカンドライフで行われ始めた経済活動(「経済性」)に注目。また、当時まだ一般向けに発売されていなかったVRゴーグルが将来的に普及し、現実と同じように仮想空間を体験(「没入性」)できる技術進歩に大きく期待していました。後述しますが、この「経済性」と「没入性」は現在ではメタバースの必須要件として語られることが多いです。

 しかしこの後、当時のインターネット環境の制約やパソコンのスペックの低さ、またFacebookなどSNSが普及したことによりセカンドライフのブームは一時失速、ザッカバーグのMeta宣言まで「メタバース」は一般的には長らく忘れられた言葉となっていました(なお、セカンドライフはその後も着々と進化を続けており、現在では当時と同等規模までアクセス数は回復しています)。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる