人類は「イノシシの時代」の先へ進む覚悟はあるか メタバースを通じて会得した“魂で会話する”こと

人類は「イノシシの時代」の先へ?

人類は「イノシシの時代」の先へ

ねむ:バーチャルな人格として活動している日本人のVTuberやソーシャルVRユーザーは、世界的に見ても異質な存在だと思うんですよね。たとえば西洋圏、特に一神教の国だと、「神の前では一人の人間であれ」という考え方が主流で、「いろんな自分」を認める考え方がもともとあまりないんですよね。法律的にも、近代以降は戸籍にはひとつ名前があって、それが本名です、みたいな感じじゃないですか。

 戦国大名は幼名から諱までたくさんの名前を持ってるのは有名ですけど、日本ってもともと、一般人でもアーティストネームとか屋号とか幼名、いろんな名前を持ってたんですよね。だから、様々な人格を使い分けるというのは、日本人としては当たり前だったんです。だけど、明治以降に欧米文化が広まっていくにあたって、忘れていってしまった……ように思うんです。VTuberという現象は、私たち日本人がもともと持っていた、「名前に紐づく人格」を使い分ける感覚を思い出すイベントだったのかなって。

 それを経ているからこそ、わたしたち日本人はメタバースによる変化を、ほかの国の人たちよりは多少受け入れられているのかもしれないと思います。

――匿名文化、ハンドルネーム文化が強いのも大きそうですね。ハンドルネーム自体が号のようでもあります。あるいはSNSにおけるアイコン文化とか。

ねむ:号もそうですけど、自分の姿かたちに精神が影響を受ける、というのは相当あると思うんですよね。これは人類全般に言える話だと思っていて。私たち人類がなんでこういう生き物に進化したのかというと、旧石器時代までは、槍でイノシシなどを捕まえていた社会だったからだと思うんですよ。

 そこでは、一つ下の世代へ、いかに「イノシシをとるテクニック」を伝授するかが至上命題だったと思うんですよね。だから、若い人は若い姿だった。それは「教わる姿」を意味する。そして歳を取ると老いた姿になる。それは「教える姿」を意味したんですよ。そういう外見の違いが、社会におけるポジションを示していた。「この人は老いているから教えてくれる人だな」というのがわかる。

 でも、これからの時代は技術の発達が早くなりすぎたので、「イノシシの時代」から考え方を変えなきゃいけないと思うんですよね。毎日イノベーションが起きているので、年をとっても一生勉強し続けなければならないじゃないですか。そういう意味でも、性別だけでなく、年齢もある程度抽象化してコミュニケーションするというのは、これからの社会にとっては必然だと思うんですよね。

――一理あると思います。実際、メタバースでは相手の年齢を気にする人が比較的少ないような気がします。見た目によって気にならない、というのはあるでしょうけども。

ねむ:メタバースで生活していると、相手の年齢などがわからないので、相手の知識とだけコミュニケーションができるんですよね。だから、若い人から教わることに抵抗がないですし、それは永遠に学び続けなければならないこれからの時代、メタバースでのコミュニケーションとして、すごくご利益があると思いますね。

――そのあたりの感覚はよくわかります。よくメタバースのヘビーユーザーからは「魂で会話する」という表現が出てくると思いますが、実際ある程度メタバースで他人とコミュニケーションを取っていると、意外と性別とか年齢が気にならなくなるんですよね。

ねむ:そうなんですよね。気にならなくなっちゃうんですよ。

――最初は外野から聞いていてなんのことかわからなかったのですが、いざ自分が「VRChat」で人とコミュニケーションを取り始めると、「この人の性別はどちらだろう」とか、「この人は現実ではなにをしているのだろう」とか、そういうことを考えるのが無駄と思ってしまう。いま眼前にあるものが全てだなって思ってくるんですよね。

ねむ:そうなるまでどのくらいかかりました?

――たぶん3ヶ月ぐらい……ですかね?

ねむ:それ、早いと思いますよ。この感覚を持っていたら完全に「こっち側」の人ですよ!これ、メタバースを体験したことのない人に口頭で「会ったこともない、年齢も性別もわからない相手とふつうに仲良くしてるんですよ」と説明しても、ぜんぜん伝わらないんですよね。

――このあたりは経験知なのだろうと思いますよね。VR体験全般が主観的な体験なので、根本的に共有が難しいんですよね。

ねむ:あとは数字で説明するしかないんですよね。統計的にこうなんです!みたいな感じで言うしかない。それが今回の本ですね。

――こうしてみると、VR国勢調査からものすごい反響が生まれたことになりますね。

ねむ:そうですね、予想以上に反響がありました。まさか本になるとは思っていなかったですけど。軽いノリで始めたことが、すごいことになってしまったなと。VR国勢調査をやってなかったら、たぶんテレビに出ることもなかったと思いますし……私、いまいちばんVTuberでテレビに出ているかもしれませんね!?

――タレントとしての出演はほかのVTuberさんが多いかもしれませんが、少なくともコメンテーター、知識人としてはダントツに出ている気がしますね。

ねむ:“メタバース原住民”もすごいスキルを持った人ばかりなので、今後メディアへの出演が当たり前になっていくと思います。ただ、“メタバース原住民”って、いろんなところに赴いて積極的に自分の意見を発するタイプの人ばかりじゃないので、そこでVTuberは「しゃべる役割」、つまりメタバースでの出来事を伝える存在になっていく気もしますね。

――タレントとしての「バーチャル」な存在がそこで活きてくると。

ねむ:これからメタバースでイベントなどを開催する機会も増えるでしょうし、テレビの人が入ってきてメタバース住人にインタビュー!という機会も増えると思うので、しゃべるのが上手いVTuber経験のある“メタバース住民”はこの世界ですごい需要があるはずです。

「バーチャル美少女」の進撃は続く

――本書を書き上げたいまの心境をお聞かせください。

ねむ:正直一番不安だったのは、この本を書き上げるころにはメタバースブームが終わってるんじゃないかということだったんですよね(笑)。意外と続いているので良かったです!

――むしろブームはさらに加熱していますね!  今後のねむさんの活動のご予定などはありますか?

ねむ:ありがたいお話は色々といただいてて、実はまだ大型案件がいくつかあります。ぜひ楽しみにしていただければと思います!

――楽しみにしております。本日はありがとうございました!

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 このインタビュー実施からしばらくして、ねむさんはNHK「令和ネット論」に出演。「NFTとメタバース」という、聞く人によっては難色を示すテーマで、忌憚のない意見を展開した。さらに、4月11日には同じくNHK「阿佐ヶ谷アパートメント」へ出演し、メタバース時代のご意見番としてさらに活動の幅を広げつつある。

 しかし、そんな人物でも、ログインのタイミングが合えばエンカウントできるのがメタバースのよいところだ。いま、「VRChat」をはじめとしたメタバースへは、かつてないほど多くの人が訪れている。「イノシシの時代」の先に何が起こるのか、そしてメタバースエヴァンジェリストたる「バーチャル美少女」はなにを示してくれるのか――未来への期待は尽きない。

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