『ドラゴンクエストII』本日発売35周年 『ドラクエ』屈指の凶悪難易度がシリーズに与えた影響

『ドラゴンクエストII』本日発売35周年

 2022年1月26日は、『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』の発売から35周年の日となる。国民的タイトルともいえる『ドラクエ』シリーズの二作目としてリリースされた本作は、その後のシリーズの方向性を決定づけるだけでなく、国産RPGの土台を作った作品ともいえる。今回は、そんな本作の魅力をあらためて振り返る。

初のパーティープレイを導入し戦略性が大幅に向上

 『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』は、1987年1月26日にエニックスから発売されたファミリーコンピュータ向けのRPGだ。前作『ドラゴンクエスト』から100年後の世界が舞台となっており、前作主人公の子孫である3人が協力し、悪の神官「ハーゴン」に立ち向かう。

 また、本作は、『ドラゴンクエスト』シリーズとしては初の「パーティー制」を導入したタイトルでもある。

 1作目である『ドラゴンクエスト』は勇者一人での冒険となっており、敵も1体ずつしか登場しなかった。なぜなら、当時まだ日本ではRPGの認知度が低かったからだ。新規市場のユーザーに向けていきなりRPGの定番であるパーティー制を導入した場合、情報過多で遊びにくいと判断され、あえて一人旅にしたシンプルなRPGができあがったのである。

 一方、『ドラゴンクエストII』からはユーザーがRPGに慣れたことに配慮し、パーティー制が導入された。攻撃力と体力に秀でた「ローレシアの王子」、多彩な呪文を覚える「ムーンブルクの王女」、呪文と剣を両方扱える「サマルトリアの王子」の3人を駆使して冒険を進めることになるのだ。性能も習得する技も異なる三者三様のキャラクターが用意されたことで、バトルにおけるプレイヤーの選択肢が格段に増えた。

 さらに、今作では敵も同時に複数体登場するようになり、「どの敵から倒すべきか」「いまは仲間の体力を回復するべきか」など戦略の幅が大きく広がった。『ドラゴンクエスト』がRPGとして本格的なスタートを切ったのは『II』からといってもいいだろう。

歴代屈指と称される難易度の高さ

 『ドラゴンクエストII』は、シリーズの中でも屈指の難易度の高さを誇る。

 その最たる例が中盤の「紋章探し」だ。これは世界各地に散らばる5つの紋章を探すのが目的だが、探索範囲が世界全体とあまりに広いうえに、街の人と積極的に会話しなければヒントも見つからない。そのため、次の行き先が示されることが多い昨今のゲームに慣れているとかなり理不尽な難易度に思えるだろう。

 また、本作は序盤から敵が強く、雑魚敵との戦闘であっても油断できない。シリーズのほか作品では経験値稼ぎの獲物でしかないはずの「メタルスライム」にすら全滅させられるおそれがある。さらに、今作から船で移動できるようになったものの、入手直後から世界中のあらゆる島へ上陸できるようになるため、強力なモンスターが跋扈する大陸にうっかり乗り込んでしまい、全滅させられるというパターンも多い。この敵の強さと前述したヒントの少なさが相まって、攻略情報なしでの進行は困難を極める。

 そして、『ドラゴンクエストII』の枠を飛び越え、難所の代名詞となってしまったのが「ロンダルキアへの洞窟」だ。無限ループや見えない落とし穴といったプレイヤーの行く手を阻むギミックが数多く存在し、移動するだけでも大変なことに加え、登場するモンスターも一歩間違えればこちらが全滅しかねないものばかり。

 このようなゲームバランスは、開発期間の短さに起因しているようだ。本作は、前作『ドラゴンクエスト』の発売からわずか7カ月しか開発期間を持てなかったという。その結果、最初から最後まで通しでテストプレイすることができず、開発側が想定したレベルとユーザーが実際に「ロンダルキアへの洞窟」に到達するレベルが大きくかけ離れてしまったそうだ。この調整を反省してか、後に発売されたSFC向けのリメイク版などでは大幅に難易度が落とされた。

 たしかに、FC版『II』の難易度は高すぎたのかもしれない。しかし、だからこそ当時の子どもたちは夢中になり、学校で攻略情報を熱心に交換していたという。筆者はリアルタイムでFC版を遊んだ世代ではないものの、当時の子どもたちにとっては、友だちと毎日攻略情報を交換しながら進めていくというゲーム体験は、一人ひとりに異なるナラティブを生み、何物にも代えがたい強烈な記憶として残っているのではないだろうか。

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