未来を思考するための『SFプロトタイピング』は今後どうなる? 宮本道人&難波優輝に聞く

宮本道人×難波優輝『SFプロトタイピング』対談

SFプロトタイピングは『エヴァ』なのか?

難波:スキルの話が出たので宮本さんに聞きたいんですが、SFプロトタイパーのキャリア形成ってどうしていったらいいんですかね?

宮本:僕はキャリア形成をこうやって本を出すことによって突破するっていう裏技を使っている人なんですが、結局は外に、いかにもSFプロトタイピング的な作品を発表するか、いかにもSFプロトタイピング的なワークショップを提案するか、しかないかなと思います。産業・学術・行政みたいなところと関係していなくても、自分で似たようなプロセスを踏んで作ったものを勝手にSFプロトタイピングと呼んで悪いことはありません。ただ、アウトプット単体ではなく、作る際にどういう経験をしたかとか、どういう反響があったかとかをあわせて公開しておくと、クライアントが安心して頼みやすいSFプロトタイパーに見えると思いますね。

 あと、僕がSFプロトタイピングのプロジェクトをやるときには、企業さんに必ず、著作権を作家さん側に持たせられるようにお願いしています。あとは、1年間経った後に作家側からも作品を公開していいなどの条件を設けさせていただいたり、外に出すにあたっては企業秘密が漏れてないか確認してもらったうえで自分のウェブサイトや短編集に載せることはOKと決めるなど、そのあたりの条件面を事前に相談する能力も大事です。著作権を握りたがる企業さんも少なくないので、そのあたりの交渉力は必要になってくると思います。

難波:めっちゃいい話を聞きました。

――5年後、10年後と現在では、SFプロトタイパーに求められる職能は結構変わってくるかもしれませんね。

難波:SFプロトタイピング作品をめちゃくちゃ作るのがうまい人がいて、ファシリテーション、ワークショップがめっちゃうまい人がいる、というのはありそうな気がします。

ーーワークショップでSFプロトタイピング的な思考を扱うことは、人によって得手不得手があるなと思っていて、特にロールプレイが上手い人はそれが抜群にうまいんだろうなと感じました。そういう意味で、演劇的な手法や在野の方を巻き込んでいく未来もあるのかなと思ったのですが。

難波:たしかに、伝える形式が演劇っぽいものであってもいいわけですもんね。

宮本:自分のワークショップは、最後を寸劇で終わらせることが多いです。3時間くらいで複数人で作った短篇を寸劇で発表してもらい、他のチームに見てもらうと、だいぶ盛り上がるんです。寸劇は恥ずかしくて感情を入れたくないっていう人もいると思うんですけど、僕の場合はセリフを記入したスライドを画面に出しておいて、棒読みでもOKにしています。リモートなら、画像をOFFにして顔を隠したっていいんです。とにかく発話することで、そのセリフやナレーションが良いかどうか実感をともなって分かるというのが重要で。読み上げてみると、嘘っぽいセリフだなとか、説明過多なナレーションだったなとか、自分で思っていたのと意味合いが違うことに気付く場合もあります。

難波:急に『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』の話をしますが、『エヴァ』って結局、感情をめぐる物語なわけですよ。男たちは感情を表現できないから、戦ったり急に殺し合ったりするわけですよね。でも、演劇を取り入れると、物語を介して感情が喋れるようになる。変な男らしさにSFプロトタイピングは戦いを持ち込んでいるわけですよ。だからSFっていうのが男らしさの文化だとしたら、SFプロトタイピングはそこに再戦を申し込んでるというか。実質、SFプロトタイピングは『エヴァ』なわけですよ。だから宮本さんがおっしゃっていたような、感情を出しにくい人も自分の感情に気付くために演劇的手法を使うというのは、めちゃくちゃアリだなと思いますね。

――なるほど。中国やアメリカの例も本の中ではありましたが、日本ならではのSFプロトタイピングはこれからどうなっていくのでしょう。

宮本:この本はビジネスパーソン向けに作っていた部分も多く、実際ビジネスパーソンにとっては徐々にSFが近くにある感覚は増えてきただろうなと思うんですけど、それ以外の層にはまだまだ進出しにくいなとも思います。特にジェンダーの割合は気になる部分で、ビジネスパーソンの女性でSF好きを探すとやっぱり少ないんですよね。ましてや日本の主婦層の方でSF好きってどのくらいいるんだろうという。そういう方たちに理解してもらうためにも、ジェンダーバランスはよく考えないといけないなと思います。目の前のことだけを考えていると、いろんなところに偏りが出てしまう。僕自身、男性として見落としている部分はいっぱいあると思っているので、そこを頑張っていくことは課題だといつも肝に銘じています。この本の中でも、登壇者さんや作家さん、参考ブックリストなどのジェンダーバランスはある程度整えたつもりです。でも、それは自慢気に言うことでもない当然のことだし、こうして外で言わずに本来は黙々と調整したほうがいいかもしれない。今回はここで言ってしまいましたが……。

難波:こうしてジェンダーの話をしてくれるので、宮本さんは信頼できる方だなとあらためて思いました。SF=男性のものというステレオタイプなイメージを取り払いたくて。テクノロジーの恩恵や被害を被るのは、男性だけじゃなくて女性もあるわけですから。僕は、物語全体でジェンダーを考えましょうと結構強調していて、女性の主人公は多めでいいし、ステレオタイプの「~なのよ」みたいな喋り方は必要ないと思っていますし、そこに注意を払っています。SFプロトタイプでなにがしたいかという話にもつながってくるのですが、男性だけとか自分だけの欲望とかじゃなくて、いろんな欲望を聞き取って、欲望の闇鍋をしたいんですよね。

宮本:日本のSFプロトタイピングだと、コーディネーター側に女性がそんなにいないという実感もあります。SFプロトタイピングの企画を出して通そうという人は、SF好きかつ企業の幹部的な人という属性で、どうしても女性の数が少なめです。そうすると、書き手の選定では男女比半々になるように調整しようとできるけれども、ワークショップのファシリテーターや調整役は大体男性になってしまう。それに加えて、ワークショップ参加者を集める際も、「ジェンダーバランスに配慮してね」といって企業側に頼んでいるのに、行ってみたら男性しかいなかったり、全体的に男性多めな現場は多いです。とはいえ、今は仕方がない部分も多いので、少なくとも自分たちが完璧にできてるんじゃないんだという自覚を持って、常に自省していくことが大事だと考えています。

――「SFプロトタイピング」という概念がある種のバズワードのようになって、色んな企業が作家さんたちを安易に消費してしまったり、SFプロトタイピングという言葉を使っただけの軽薄な企画が生まれたりしないかと危惧していますが、お二人はどう思いますか。

難波:後者に関しては、自分が書くときはリスペクトを持って、必ずインプットさせてくださいと担当者とか研究者の方にヒアリングしています。そうすることで、現場の方にも喜んでもらえたり、課題意識を共有できたりするので、ただやっただけの軽薄な企画にはならないと思います。前者の「企業が使い潰す、使い捨てる」ということはこの先あり得る話なのかもなと思いつつ、宮本さんや大澤さんや僕のような人たちが、強いキャラクターとパワーで企業と戦うしかないですね。僕らに任せておけば、向こう20年は大丈夫なので安心してください。

宮本:難波さんが力強いことを言ってくれたので、僕はゆるい雑談みたいな話をしますね(笑)。SF作家さんが安易に消費されるといえば、まさにそういう状況をネタにしたSFを書いている、フィリップ・K・ディックの「水蜘蛛計画」(1999年の短編集『マイノリティ・リポート』収録/ハヤカワ文庫)という短編が思い浮かびます。作品の舞台は未来なんですが、未来人は過去のSF作家が予知能力者だったと思ってるんですね。で、自分たちの技術で足りない部分があるっていうときに、タイムマシンで過去に行って、SF作家を拉致してきて解決させようとするんです。これは今でいう、企業が作家をSFプロトタイパーとして起用しようとするのと、ちょっとだけ近いですよね。

 で、拉致された作家は困りもしつつ、結果的には平然と未来を楽しんじゃうんですが、その構図に全てが詰まっているような気がしていて。間違いなく相手は作家を使役しようとしてたわけですが、本人はこれまでとは違う世界や景色をものめずらしく眺めているだけ、という。もちろんお金のやりとりとかがないと作家は困るわけですが、使役しようとした相手に対しても「まあなんか珍しいな」くらいに思って見ていれば良いのでは、という風にも読めるなと。ちなみにオチは、未来に来たからこそ書けた作品が完成するものの、最後に未来人が未来の記憶を消そうとしたことでその作品も書かれなくなる、というパラドックスが起きる話なんですが、これってNDAみたいな話ですよね(笑)。

――たしかに。

難波:でも逆に、NDAを結びたい未来人の気持ちも分かるから難しいですね。だからこれ、読んだ人の記憶が消えるようになればいいんじゃないですか。

宮本:そっち側なんですね(笑)。

――24時間で消える小説、みたいな。

難波:読んだら記憶は消えるけど、体験は消えないという。

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