未来を思考するための『SFプロトタイピング』は今後どうなる? 宮本道人&難波優輝に聞く

宮本道人×難波優輝『SFプロトタイピング』対談

 昨年も数多くのテックトレンドワードが世間を賑わせた。そのなかでも、数年前から話題になっていた「SFプロトタイピング」は、昨年『SFプロトタイピング──SFからイノベーションを生み出す新戦略』という形で書籍化されるなどし、ビジネスの領域でも注目を集めることとなった。

 未来を思考することに「SFプロトタイピング」的な前提や実践は今後も欠かせないものになってくるだろう。今回リアルサウンド テックでは、同著『SFプロトタイピング──SFからイノベーションを生み出す新戦略』の著者である宮本道人氏&難波優輝氏にインタビューを行い、「SFプロトタイピング」における編集者・ライターの役割や職能、日本ならではの「SFプロトタイピング」のあり方などについて話を聞いた。(編集部)

SFプロトタイパーのスキルセットには、パワポ力も必要?

――『SFプロトタイピング──SFからイノベーションを生み出す新戦略』、すごく面白く読ませていただきました。「SFプロトタイピングとは」についての解説もありつつ、そこからなにをやっていくべきかというお話など、創造力を喚起させて見る側にいろんなことを考えさせようという本になっているのかなと思いました。まずはこの本をこの形で出すことになったきっかけ、いきさつをお伺いしてもよろしいですか。

宮本:僕は筑波大学の大澤博隆さんが率いる「想像力のアップデート:人工知能のデザインフィクション」という研究プロジェクトに参加し、これまで「フィクションの力」について考察してきました。例えばアメリカや中国に行ってSF活用事例について調査したり、三菱総合研究所さんとSF思考ワークショップを開発したりといった形で、実践的にフィールドを見てきたんです。そんななかで、SFプロトタイピング的なプロジェクトには決まった一つの方法論があるというよりも、個別のケースに応じた様々な方法論があることに気づいたんですね。そこで、それらを整理・紹介する本が必要だ、と思うようになったんです。

 そんななか、難波さんがTwitterなどでSF研究にかんして理論的な部分や過去の研究事例を正確に分析されているのを見て、一緒にやったらいい本が作れるのではないかとお声がけしたところから、『SFプロトタイピング──SFからイノベーションを生み出す新戦略』の企画がはじまりました。

難波:自分の方も二通りくらいの流れがあったので整理すると、宮本さんにお声がけいただく以前に、修士研究では「ネガティブなフィクションの影響」を考えたくて「ポルノグラフィ」を題材にしたんです。その反動として「ポジティブなフィクション」について考えたときに、SFがまさにそうだと思って。「デザインフィクション」もポルノグラフィ関連で研究していて、修士研究ではこういうダークな方をやって、SF研究はポジティブなのをやろうと決意したときに宮本さんからお話をいただいたので、哲学の観点からお手伝いできれば嬉しいなと思い、快くお受けさせていただきました。

宮本:こうして難波さんと、先ほど名前を挙げた大澤さんから共編著者になることを快諾頂いて、その後に相談したのが早川書房の最強編集者、一ノ瀬翔太さんです。

 一ノ瀬さんは『S-Fマガジン』(早川書房)で「SFの射程距離」という、様々な研究者の方にSFから受けた影響を聞く連載でご一緒していたので、すぐに相談に乗って下さって、本の制作が始まりました。ちなみに本書の座談構成は、「SFの射程距離」で僕と一緒に構成を担当している宮本裕人さんにお願いしました。SFの影響を研究分野で調べるのと、ビジネス分野で調べるのとで、この2つは姉妹的なプロジェクトだったんです。

――『SFプロトタイピング──SFからイノベーションを生み出す新戦略』は企業側にSFプロトタイピングを活用している事例の話を聞くことで、プロトタイピングを書く側とそれを編集する側の視点以外のものがたくさん入っていたのが面白くて。宮本さんが企業などにSFプロトタイピングが求められはじめたと感じたのは、どのくらいの時期ですか。

宮本:ここ数年です。僕の場合、最初は5年くらい前、SF評論の執筆を商業媒体で行うようになってすぐ、企業に勤めている友人たちからSF的に製品を考えたいといったような相談を受けるようになりました。でも、それよりも前から依頼を受けていた作家さんもいると思います。

――相談される際に求められるのは、ただ編集・執筆するだけでなく「SFプロトタイピングとはなんぞや」的なガイドを任せられることも多いとか。

宮本:僕の場合はそうですね。そもそもクライアント側にどうやって作品が完成するのかに関する知識がないことも多く、依頼だけしたらそのうち完璧なものが作家さんから届いて終わり、みたいに思われている場合があって。作家さん側も、企業に預けた作品がどうなるかに関する知識があまりない方はいらっしゃるので、そこを取り持ってあげないと混乱に陥るケースがあるんですよ。著作権に関する揉めごともあり得るし、僕自身もフリーランスで物を書く立場として、過去に企業案件でストレスフルな状況に投げ込まれることもあったので、それらの経験を活かして調整役になることもありました。

難波:僕は編集者的なものもそうですし、表紙絵を入れたいといったビジュアル面でも、仲立ちしてデザイナーさんやイラストレーターさんへ依頼することもあります。ある種のメディウムーー媒介のような仕事がめちゃくちゃありますね。

――作家としての活動を求められるだけでなく、ディレクター・編集・通訳のような立場を求められると。著書内で言及されていた「ディストピアは書かないでください」という縛りや字数の問題、作品として世には出ないものを書くというのは、企業側にとってはプラスになるものの、作家さん側に報酬以外のメリットはあるのでしょうか。

宮本:僕はそこを逆手に取って考えていて。最初にNDA(秘密保持契約)を結ぶこともあって、その内容によっては、クライアントとのやりとりや成果物が、社内で閉じていて外に出ることもなかったりします。だからこそ、好きなことを書いていいや、と思いながら、挑戦的かつ好き勝手に書けることも多いんですね。もちろんリクエストも踏まえつつではあるのですが、外に売れるか売れないかはどちらでも良いので、要素をとにかく放り込んで、闇鍋みたいな原稿を書くこともあります。そういう作り方をしても許されるのがSFの魅力でもあると思います。

難波:そうですね。テッド・チャンの「顔の美醜について」(2003年の短編集『あなたの人生の物語』に収録/ハヤカワ文庫)みたいな感じで、報告書形式やインタビュー形式、異常論文などでもありだと思います。報告書やPowerpoint(以下、パワポ)形式にするだけで、企業の方にも一気にわかりやすいと感じてもらえるんです。

宮本:「原稿」と言われて普通の人が想像するのはWordとかtxtファイルが普通だと思うんですけど、僕は結構パワポやGoogleSlideに書くんですよね。スライド何枚分でどういう話を書こうか、というところから考えたりもします。「原稿用紙何枚分」じゃなくて「スライド何枚分」で換算して、それを自分でプレゼンするところまで含めて頭の中で構築して、話したときに一番面白い構成や、どのタイミングでオチのスライド出すかまで計算するときもあります。

――SFプロトタイパーのスキルセットには、パワポ力も必要なんですね……。ただ原稿を書くだけじゃなくて、プレゼンありきになっているという意味でも、身体性を帯びた文章が求められているのかもしれません。

難波:稲川淳二的なものですかね(笑)。僕は本業でウェブデザインやアプリデザインをお手伝いするワークショップを手がけていたりもするので、そこと地続きになっている部分もありますが。

――あとは、体感してもらったり、実際に考えてもらったりと、レクリエーション的な側面でパッケージすることも多いようですね。

宮本:極端な言い方をすると、SFって読むより書く方が簡単なんですよ。ここだけを切り取って読むと作家さんは怒りそうですが(笑)。SFを読むのって難しい作業で、知識もいるし、普段から文章を読み慣れてない人だと読解に苦労するんです。実際にクライアント企業の社員さんにSFを読んだことがあるかを聞くと、漫画やアニメに慣れ親しんでいる方はいるものの、小説を読んでいる人は多くありません。ただ、そんな人たちに「書くのは簡単なんです」と言うと、まあ意外とみんな書けるようになるんです。

 書くことってレベルが高い作業だと思われがちなんですけど、例えば海外の人は「フジヤマ、ゲイシャ、テンプラ」と3つしか日本語を知らないのに「自分、日本語できるよ」という振る舞いをしたりするじゃないですか。そのマインドってすごい大事で、それを日本語ができることって言っちゃえばいいんです。SFだって単語を3つくらい並べて「これがSFだ」って言えば、それはSFになるので。そういうマインドを持ってくださいと話すことは多いです。

難波:めちゃくちゃいい考え方ですね。“SFスーパー腕組みおじさん”の目を気にしないのは重要です。そもそもSFの始まりからして、編集者が適当にSFっぽいものを選んで「サイエンティフィックストーリー」という形で提示したところが起源なので。あと、雰囲気作りも含めてSFプロトタイパーのファシリテーターが一番頭のおかしいことを言わなければ、と思って教えることも多いです。何を言っても大丈夫、みたいな心理的安全性を与えるというか。

――その捉え方はすごく前向きだし、ハードルが下がりますね。

難波:方法論なんてあってないようなものの気がしていて。例えば僕だったら哲学対話的なニュアンスで、宮本さんとは違うタイプのやり方をしていると思います。共通してるのは「クレイジーかつ自由」であること。わざわざプロトタイピングを僕のような人間に依頼するのであれば、クレイジーなものを作ることが求められているはずなので。逆に、丁寧プロトタイピング派がいたらどんどん戦っていきたいと思います。

――知らない派閥がいつのまにか形成されている(笑)。

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