「見えてきたAIと音楽のパンドラの箱」 渋谷慶一郎が考えるAIとアンドロイド、そして“音楽の未来” 

渋谷慶一郎が考えるAIと“音楽の未来” 

 5月20日、東京・代官山で渋谷慶一郎「アンドロイド・オペラ」ウクライナ公演に関する制作記者発表&トークセッションが開催された。

 「アンドロイド・オペラ」は、アンドロイドが歌い、オーケストラ、ピアノ、電子音、映像、そして1200年の歴史を持つ仏教音楽・声明が融合する最先端のオペラ作品だ。渋谷曰く人間とテクノロジー、東洋と西洋、伝統と革新、生と死といったあらゆる境界が侵蝕しあい、新たな調和のモデルと既存の枠組みの解体、再構成を提示しているという。これまでにドバイ、パリ、東京、大阪で上演をおこなってきた渋谷の代表作でもある。

 音楽とテクノロジーというテーマでさまざまな研究・実践を行ってきた渋谷は、リアルサウンドテックにとってはなじみ深い人物である。2022年にAIが世の中へ登場して以降、たびたび渋谷への取材を通して、その時々の「AI」と「人間」の関わり方について視座を聞いてきた。

 早くから先端テクノロジーに触れてきたアーリーアダプターのひとりであり、柔軟な発想で作品に取り込む、あるいはツールとしてAIを活用してきた渋谷にとって、2026年現在のAIはどのような存在なのだろうか。AIエージェントやフィジカルAIといった、より「アンドロイド・オペラ」と関連性の高い技術も含めて、現在の制作環境や関心について話を聞いた。(小池直也)

「制作のトリガー」としてのAI使用

渋谷慶一郎
渋谷慶一郎

――この1年で生成AIの裾野がさらに広がって、社会に浸透してきているのを感じます。そのような動向を渋谷さんはどのようにご覧になっていますか?

渋谷:Suno的なお手軽なプロンプトAIのブームは当然のように落ち着いてきているよね。僕が最近面白いと思っているのは2つの「OpenMusic」というソフトウェアで。一つはフランスの電子音楽研究所のIRCAMが開発した作曲支援ソフト、もう一つはプロンプトから音楽を生成するSunoのようなもので、言わば真逆なんだけど名前は同じなんだよね(笑)。

 IRCAMのソフトはある音響を電子的に作ったらそれをオーケストラのスコアに置き換えたり、複雑なリズムモジュールを生成したりという作曲の構造に関わるもの。もう一つの方は、プロンプトを与えると音源が生成されるという典型的なもの。「ダークアンビエント」とか「ビートルズみたいな」とか言っていると当たり前につまらない音楽しか出来ないけど、「ブライアン・ファーニホウとフィリップ・グラスが共作したバイオリン協奏曲を作ってみて」とか入れると、部分的に面白いものは出来る。

 現状は完成形が音源で生成されるだけだけど、その構成要素がMIDIでも生成出来て編集まで一つのソフトが出来たらパンドラの箱が開く時だと思う。もちろんAbleton LiveでもオーディオからMIDIを生成したり出来るけど、複雑な音源に対しては精度が追いついていなかったりする。 けど、時間の問題でしょう。

 音楽の断片を無数にプロンプトで作って、良い部分だけMIDIと音色を編集して全然別のものにして重ねたりずらしたり……という感じで作っていくと、AIと人間の脳が良いバランスで、しかし密度が異常に高いものが出来るようになる。多分、次はそこじゃないかなと思う。で、構造の断片の密度を上げるという意味ではこれは偶然性的、IRCAMの方はもっと構造的だけど、作曲のトリガーという意味では表と裏なんだよね。

 そうなると音楽の作り方と密度が変わってくる、という話を研究者の池上高志さんにしたら「最近の科学論文もほとんどそういう作り方になってるんだよ」と言ってたから、これは音楽だけじゃなくて、AI生成と人間の知性の結合点として通る道なんだと思う。

 家でカレーを作るのにルーから作るのが譜面に向かってやる自然作曲だとすると、レトルト一発がSunoはじめとしたプロンプトAI生成。ただ、現実的には出来合いのルーも使えば野菜や調味料の配合も選ぶわけで、そのバランスがさっき言ったプロンプトで作ったもののMIDI分割生成。だから自然な流れだし、これが普及するとAIで音楽を作ることへの抵抗とかいうのは過去になると思う。別にAI生成を礼賛してるわけじゃなくて、科学や他の分野にも共通した自然な過程だというだけなんだけど。

――昨年11月の時点で、世界中のプロミュージシャンやプロデューサーの約1200人中、87% が制作プロセスの少なくとも1つの工程でAIツールを導入していると答えています

渋谷:どの1200人かにもよると思うけど(笑)。でも、さっき言ったようなのじゃなくても、たとえばChatGPTやClaudeみたいな、音楽専用ではないAIに「Cメジャーから始まる4つか8つのコードを使った進行で、今までどこにもなかったものを作って」と聞くと、セロニアス・モンクみたいなコード進行が出てきたりして、そういうのも面白い(笑)。

AIが導いた“存在論的ローファイ”

――フリー音源を提供するSpliceがClaudeとの連携機能を発表し、つい先日は音声生成AIで知られる「ElevenLabs」とも提携を発表しましたね。

渋谷:個人的な考えだけれど、Spliceみたいなものはどちらかというと、音楽をつまらなくするものだと思っていて。というのも、音色レベルのことは自分でやった方がいいから。一方で、さっき話したようにコード進行や展開とか、“構造レベル”のことはAIを使うと予想外なことが起きるから面白い。それで出来た構造の音色なんかはその後に自分で自由に変形させればいいから。

 あと、それとは別に最近、生まれて初めてサンプリングに興味が出てきていて。「存在論的ローファイ」というか、ローファイって情報量を減らすことだから、ビット数も減るし、サンプリングレートも下がる。でも、音楽の中で存在論的な強度が増すでしょ。データとしての情報量を減らすことで存在感が際立つというのは、音楽ならではだなと思って。だから、ロービット、ローファイを色んなやり方で試してる。もともと僕は超ハイファイ志向だから、結構大きな変化だと思う。

 サンプリングとシーケンサーを組み合わせた画期的な機材に「Fairlight CMI」というものがあるんだけど、坂本(龍一)さんやアート・オブ・ノイズが80年代に使っていたシンセサイザーで、発売された1980年の価格は1200万円くらい。それと同じ頃に、その廉価版(40万円ほど)みたいな感じで発売されたEnsoniq「Mirage」というキーボード付きのサンプラーがあって。それをたまたま「Five G」で見つけたのね。で、当然ロービットサンプラーとしても使うけど、付属のプリセットのヴァイオリンだったり、サックスや人の声とかの音色ライブラリーの『ブレードランナー』的なザラザラした粗い人工感というのが、一周回ってまさに今っていう感じで面白い。そういえば藝大を出て、MIDIで音楽を作り始めた頃はEnsoniq「ASR-10」を使っていたことを思い出して、自分はEnsoniq系の音が好きなんだなと最近気づいた。

ENSONIQ MIRAGE - 8-bit Dream Sounds from 1984 (SCUM Night)

 ただ、その音色ライブラリーが全部フロッピーディスクに入っていて、記録媒体としてはもはや不安定すぎるでしょ(笑)。だから、今はそのフロッピードライブをUSBドライブに交換してもらってる。

How to use the Ensoniq ASR-10 Sampler: Meet the ASR

――「存在論的ローファイ」を発見した経緯は?

渋谷:来年、ヨーロッパで発表する新作のテーマが「世界が終わる最後の60分」というもの。だから、現実が壊れていく過程で、オーケストラとかシンセの音が崩壊していく……というのが必要だなと思ってAIに色々相談しているときに思いついた。元々、そういうことはiZotope Iris2でやっていたけどアップデートが止まったからどうしようと思ってAIに相談してたら「使える時まで使うのが良いのではないでしょうか?そして未来には存在しないソフトウェアで未来の音を作るというのは慶一郎的なコンセプトだね」とか言われてさ、「そういう情緒的な話じゃなくて、こっちが聞いてるのは、どのソフトがIris2の代わりに使えるかってことなんだけど」とか無駄話もしつつ(笑)。

——なるほど。これまでサンプラー自体は使っていなかったんですか?

渋谷:サンプラーの代わりにIris 2を使っていた。サンプリングした音を部分的に切り取ったり、反転やスローにしたり、MIDIに割り振って即興的に弾いたのをコンピュータに録音したり。Arcaも、2017年に渋谷WOMBでライブしたときに紹介されて少し話したら「Irisはめちゃくちゃ使ってる」と言ってたな。

——AIからアイデアをもらいながら、新しいソフトを探すような感覚ですね。先ほどのトリガーの話と繋がります。

渋谷:今までは、何か困ったり壁打ちがしたいときに「これは誰に聞こうかな」と考えていたけど、AIは誰よりも知っているから。しかもChatGPTとClaudeでは勧めてくるソフトが違ったりするのも面白い。

――音楽家のなかでは、AI使用を公表しづらい空気があるのでしょうか。

渋谷:どうなんだろう。最近、音楽系や美術系のYouTubeでも、AIを普通に使っていたり、公言したりする人が増えている気はするけど、音楽家と話す時間よりはAIと話してる時間のほうが長いからわからないな。

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