『AKIRA』の世界を実現する手がかりに? 車窓サイネージ「Canvas」の三浦純揮が描く、都市と広告の未来図
2021年5月31日、タクシーの後部ガラスをメディア化した、国内初の車窓モビリティサイネージサービス「THE TOKYO MOBILITY GALLERY Canvas」(以下、「Canvas」)がリリースされた。人気漫画『ONE PIECE』の100の名シーンを切り取ったコラボや、L'Arc~en~Cielにまつわる100の回文を掲載したプロモーションなど、ユニークな取り組みが話題を呼んでいる。
今回は、「Canvas」を運営する株式会社ニューステクノロジー代表取締役・三浦純揮氏に、新たな広告の形態である車窓モビリティサイネージの可能性について話を聞いた。
「Canvas」はタクシーの空車時間を価値化する
ーーまずは「Canvas」の立ち上げの背景から教えてください。
三浦純揮(以下、三浦):2019年4月よりタクシーの車内のモビリティメディア「GROWTH」の運営をしているのですが、媒体を運営する中で空車時間をマネタイズし、新たなビジネスを創出できないかと考え「Canvas」はスタートしました。タクシーはメーター制を採用していて、空車・乗車の切り替えを行います。「GROWTH」はメーターと連動して乗車のタイミングで放映が開始される仕組みですが、「Canvas」も同様にメーターと連動する仕組みで、空車時に広告を表示します。また最近のJPN TAXIの車両は背が高くて窓ガラスが大きいので、これは媒体になるんじゃないかと考えました。
ーーなるほど、空車時間のマネタイズという観点だったんですね。
三浦:そうですね、常に新しいビジネスチャンスは模索していました。空車時間を収益化した結果、コロナ禍で影響を受けるタクシー事業者に貢献できれば良いとも考えていました。ただ僕としては、タクシーの窓ガラスに広告が表示されたらかっこいいだろうなという見立てもありました。『AKIRA』や『ブレードランナー』など、未来を描いた映画の世界では街にデジタル広告がたくさん表示されているんですよ。そこら辺をタレントが歩いてるように見える3D広告なども近未来のものとして表現されていたり。「Canvas」が導入されているタクシーはまだ100台ですが、それがもっと増えれば、東京に“サイバーシティ感”を感じてもらえるんじゃないかと思っています。タクシー業界の支援はもちろんですが、おもしろそうという期待もありましたね。
ーー街頭ビジョンやアドトラックなど、さまざまな屋外サイネージがある中で、タクシーの車窓を利用した「Canvas」ならではの強みを教えていただけますか?
三浦:タクシーはお客さんを特定の場所まで運ぶことを目的として走っているので、車を動かすこと自体には広告コストがかからないんですよ。これは結構大きな違いで、タクシーなら車を借りて、ドライバーを雇って、ルートを決めて走らせるという時間的・経済的コストが削減できるんです。それに空車のときはお客さんを探して繁華街や人通りの多いところを走りますから、自然と人の目に触れる機会も多くなります。
ーー広告のために走らせるか、別の目的があるものに付加するかの違いですね。クリエイティブの面で意識されていることはありますか? モビリティサイネージは、他の広告よりも見られる時間が短いですよね。
三浦:屋外広告に関しては、大体視線2〜3秒ほどで考えています。あまり細かい文字を書いても読めないので、パッと見のビジュアルでイメージが伝わりやすいものが適していますね。
ーー車両やその日のコンディションによって、空車率や走行ルートにばらつきがあると思いますが、広告効果の測定はどのように行っているでしょうか?
三浦:スマホから取得できる人流解析データを使えば、この道路沿いにどれくらい人がいるか、だいたいわかるんですよ。車もGPSで走行データがとれて、たとえばこの100台が過去1週間、どのエリアをどう走行したかがわかるので、その2つのデータをかけ合わせれば、おおよその数字を測定することができます。あとはSNSでの反応も見ますね。
ーーこれまでの施策の中で、特に評判の良かったものはありますか? 車内で「inゼリーエネルギーレモン」を配布するなど、ユニークな取り組みが多い印象があります。
三浦:Netflixの韓国ドラマ『ヴィンチェンツォ』とのコラボや、 L'Arc~en~Cielのプロモーションは反響が大きかったですね。熱心なファンの方がいるものは、特にご好評いただいています。ほかの屋外広告もそうですが、リアルの場の広告って自分で現地まで見に行かないといけないので、スマホで動画を見るのとはまた違った、濃い体験になりやすいんだと思います。その分SNSへの投稿も熱量の高いものになりますね。
逆に、固定ファンがいないものは少し厳しいかもしれません。たとえばなにかのコンテンツとコラボするにしても、1次情報を拡散してくれるファンがいるかどうかが重要になってきます。要はそのタクシーを見てみたいとか、見つけたとか、乗れたとか、人にシェアしたくなるようなものじゃないといけない。体験を誰も話題にしないようなコンテンツは、厳しいかもしれないですね。導入台数が増えればまた変わってくるとは思いますけど。映画とかエンタメ系とか、濃いファンがついてるものは相性がいいですね。
また「inゼリー」のキャンペーンや、リラクゼーションドリンク「CHILL OUT」とコラボした「#寝落ちるタクシー」のように、単なる移動手段だったタクシーのあり方が変わるような取り組みも増えています。「#寝落ちるタクシー」は、忙しいビジネスパーソンをターゲットとしたもので、車内でリラックスできるドリンクを配布したり、ヒーリングミュージックを流すなどのサービスを行いました。L'Arc~en~Cielのプロモーションのときも、「Canvas」の施策はもちろん、車内の「GROWTH」で新曲のMVを流して、乗車時間も楽しんでもらえる設計になっています。あとはまだ、オフラインで大規模なイベントを開催するのが難しい時期ですが、その点タクシーは1〜2人での利用が多いので密を避けられますし、コンテンツが3000台に配信されれば、それはもう個別のイベントスペースみたいなものだと思うんです。そういう意味でも、ただ単純に広告を見せるのではなく、移動に付加価値をつけるタイプのアプローチは今後も増えていきそうですね。
ーー3000台に導入されると、プロモーションの幅も大きく広がりそうです。ただ一方で、これまでのような100台限定の特別感は薄れてしまう気もしますが、その辺りはいかがですか?
三浦:その懸念は社内からも出ていましたが、ビジネスを大きくするにはやはり台数を増やす必要があります。まだ100台だと希少性が高く、実現したい世界としては不十分です。それが3000台にまで増えると、毎日見かけるレベルになると思います。GROWTHを放映する都内の大手タクシー会社が保有するJPN TAXIの車両は約5000台あり、来年中にはその半数以上に導入する方向で動いています。
ーーなるほど、ありがとうございます。続いて技術面についてですが、窓ガラスへのクリエイティブの投影は、どのように行っているのでしょうか?
三浦:AGCさんが作っている「Glascene®(グラシーン)」という特殊なガラスに投影して表示しています。ガラスに特殊なスクリーンフィルムが封入されていて、これが光を反射させることでプロジェクターが投影するクリエイティブをガラスに映し出すことができるんです。普通のガラスだと、光を通しちゃいますから。ただ自動車用の窓ガラスは、厳しい安全基準が設けられているので、JPN TAXI用に安全性が高く基準をクリアするものを作ってもらいました。
ーーさきほどおっしゃったように、広告用の車両でないものを媒体化する分、苦労した点もあったんですね。設置コストはどのくらいなのでしょうか?
三浦:ガラスは高価なものですし、それなりにコストはかかります。ただ最初に100台に導入してみて、アップデートできる部分や費用を圧縮できる部分が見つかって、最終的にはコストダウンできました。そういう意味でも今後大幅に設置拡大していきます。