コロナ禍で大ヒット、Netflix『タイガーキング』に学ぶドキュメンタリーの新たな形
『タイガーキング』の嘘
また、Netflixがドキュメンタリーをエンターテイメントにしたのはこれが初めてではありません。以前の『猫いじめに断固NO! 』のコラムでは、伝え辛い事実をオブラートにつつんで娯楽性を高め、結果的にミスリーディングしていると書きました。
『タイガーキング』は、ボーナスコンテンツの「Tiger King and I」を追加配信したことで、そういった「ドキュメンタリーのフィクション性」があらわになりました。ストーリーをよりシャープに見せるために必要のない部分を削ぎ落とし、ジョー・エキゾチックをひとりの人間としてではなく、ストーリーを引っ張るキャラクターに仕立てています。リーディングキャラクターがいるなら、そこにヴィランを登場させる必要があります。そこで白羽の矢が立ったのが、動物愛護家のキャロル・バスキンでした。
彼女は、作中での自分の描かれ方に偏りがあり、自分が伝えたかった活動の内容などが正しく視聴者に届けられていないと『タイガーキング』に強い不快感を表し、『Tiger King and I』にも出演していません。その変わり、数日前にBigCat Rescue/orgの記事を更新しました。その記事には、キャロル・バスキンの現夫であるハワード・バスキンが、『タイガーキング』が嘘で塗り固められていることや、キャロルの人格を否定し、事実を歪曲して伝えていることを伝える約10分の動画も貼られています。
そして、5年前にドキュメンタリーの企画を持ち込まれた時、水族館での動物虐待行為を描いた『Blackfish』のトラ版のような、トラの現状と環境保全を訴える内容にするつもりであると説明されたことや、ジョー・エキゾチックがあくまで登場人物のひとりであり、彼にフォーカスするとは想像していなかったこと、内容が事実とは異なるため変更を求めたところ、監督に取り合ってもらえなかったことが語られています。この動画に合わせて、キャロル・バスキン本人が『タイガーキング』のフッテージを使い、嘘を指摘して情報を正す「Carol Baskin VS Tiger King」という反撃動画シリーズも作っています。
『タイガーキング』は飽和状態なNetflixのドキュメンタリーに一石を投じるか
『猫いじめに断固NO! 』の時もそうでしたが、 娯楽性を優先して事実を歪曲したドキュメンタリーの場合、繰り返し見ていくうちに必ず歪みや矛盾に目がいくようになります。それは『タイガーキング』もしかり。例えば、キャロル・バスキンは夫を殺しミンチ状にしてトラに食べさせたといった疑惑をかけられていた上に、彼女の運営する保護施設は劣悪な環境であるとされていましたが、そうであれば何故動物のために闘う愛護団体のPETAと足並みを揃えて活動することができるのでしょうか。彼女が極悪人ならば、ボランティアがこぞって集まるのも不自然です。それだけでなく、ジョー・エキゾチックは有罪になるだけの行いを繰り返していたにもかかわらず、「はめられた風変わりなヒーロー」にミスリードされています。
大ヒットした『タイガーキング』が、ドキュメンタリーというカテゴリーで配信されているにもかかわらず事実と程遠い内容を伝えていることに危機感を覚えるメディアも少なくなく、「『タイガーキング』に描かれていることが全て真実だと鵜呑みにしないように」といった記事も見られます。こうした流れは、Netflixのドキュメンタリー飽和状態に一石を投じる形になるかもしれません。『タイガーキング』をきっかけに、今後はいい意味でNetflixのドキュメンタリーを鵜呑みにせず、自分で掘り下げる視聴者も増えるでしょう。同時に、Netflix側も、歪曲せずに事実を伝える面白いドキュメンタリーを作っていくようにシフトしていくかもしれません。『タイガーキング』のヒットは、新たなNetflixドキュメンタリーの時代を切り開いていくかもしれません。
『タイガーキング』はNetflixで配信中。視聴後はキャロル・バスキンの「Big Cat RescueのRefuting Netflix Tiger King」の記事をチェックすることも忘れずに。
Netflixオリジナルシリーズ『タイガーキング: ブリーダーは虎より強者?!』独占配信中
■中川真知子
ライター。1981年生まれ。サンタモニカカレッジ映画学部卒業。好きなジャンルはホラー映画。尊敬する人はアーノルド・シュワルツェネッガー。GIZMODO JAPANで主に映画インタビューを担当。Twitter
〈Source〉
https://bigcatrescue.org/refuting-netflix-tiger-king/