バーチャルYouTuberとバーチャルライバーの違いとは? 『VTuberの哲学』著者が「二次元文化とアバター文化」から考える

バーチャルYouTuberとライバーの違い

 キズナアイから始まったバーチャルYouTuber文化は次第に形を変え、様々な活動形態や手法で運営されるようになり、ファンのあり方も多様となっている。さらにプラットフォームもYouTuberを主戦場とする形から、次第にTwitchや『17LIVE』などにも広がり、巨大な事務所に成長・所属する形だけでなく、少人数・個人で持続的な活動を行うものも少なくない。

 そこには「バーチャルYouTuber」という単語には収まらない「バーチャルライバー」の隆盛も影響しているのかもしれない。そう思った筆者は『VTuberの哲学』などを執筆した山野弘樹氏へのインタビューを行い、VTuberを哲学する理由やバーチャルYouTuberとVTuber、そしてバーチャルライバーの分類や活動におけるスタンスの違いなどについて、じっくりと話を聞いた。(浅田カズラ)

VTuber哲学からVTuberスタディーズへ

――まずは、山野さんのプロフィールおよび研究分野についてお話しください。

山野弘樹(以下、山野):2025年3月に、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻(比較文学比較文化分野)にて博士号を取得しました。専門は「現代フランス哲学」と「VTuberスタディーズ」です。現代フランス哲学研究ではフランスの哲学者であるポール・リクールについて、特に彼の歴史哲学に関する思想を中心に取り上げ、これが博士論文のメインテーマとなりました。

 VTuberについては、以前は「VTuberの哲学」を領域として名乗っていましたが、今後は哲学研究のアプローチや方法論にとどまらず、自らの研究分野をVTuberスタディーズとして拡大していこうと考えています。メインとなるアプローチは今後も哲学ですが、もっと幅広くVTuberの文化や歴史を研究したいと思っております。

――VTuberスタディーズは、いわゆるカルチュラル・スタディーズのような分野になると考えてよいでしょうか。

山野:それもあるのですが、それ以上に、近年盛り上がりを見せている「ゲームスタディーズ」や「メディア・コンテンツ・スタディーズ」などの研究領域を念頭に置いています。こうしたポップカルチャー研究に連なる一分野として、新たに「VTuberスタディーズ」を盛り上げていきたいという思いがあります。

 当たり前のことですが、VTuber研究は、「バーチャルYouTuber」の草分け的存在であるキズナアイさんからスタートすればいいというわけではありません。キズナアイさん登場に至るまで、どんなインターネットカルチャーがあったのか、あるいは運営企業・Activ8がどんな文化的ルーツからキズナアイを生み出したのか、その後どうなったのか……。

 そういった、様々なカルチャーの結節点から生まれたのがVTuberだと思いますし、これを研究する上で、「○○スタディーズ」などの隣接諸分野で得られる知見も積極的に盛り込みながら、VTuberカルチャーの特質を分析・解釈していこうと考えています。

――カルチュラル・スタディーズは、文化史、社会学、メディア論、映像論など、様々な領域を持ち出せる総合格闘技の側面があります。哲学のアプローチから外側へ広げていくということは、使う武器は増えるけれども、やるべきことも増えていく。ある意味では、より大変な分野に踏み出したことになりますね。

山野:そこに挑戦しようと思わせてくれたのが、昨年参加した『VTuber学』です。自分は哲学研究者として議論を組み立ててきましたが、本書には様々な人の論考が詰まっています。ここを土台に、VTuberスタディーズという学問分野をもっと盛り上げられるのではないかと思います。

 もともと、自分は2024年3月に『VTuberの哲学』を出版しましたが、この本を書く前段階として、VTuberをテーマにした哲学の論文を書いています。そのきっかけは、ゲームスタディーズの存在でした。

 ビデオゲーム研究という学問領域があります。この領域の書籍のひとつ『ビデオゲームの美学』(松永伸司)を読んで、非常に大きな衝撃を受けました。私自身、ビデオゲームは幼稚園の頃から慣れ親しんできました。それらが哲学の対象となることなんて思いもしなかったので、そこへの気づきは私にとってずっと忘れられない体験です。

 そして、「ビデオゲームをテーマにした哲学の論文や研究が成り立つならば、VTuberでも成り立つのでは?」と考えたんです。こうした気づきが、『VTuberの哲学』が生まれた背景にあります。

きっかけはホロライブ・白銀ノエルの歌枠 情動が動かされる瞬間とは

――山野さんがVTuberに興味を持ったきっかけはどのようなものでしたか?

山野:最初のきっかけは、ホロライブの兎田ぺこらさん、白銀ノエルさんの配信ですね。特に、白銀ノエルさんの歌枠は大きな契機になりました。

 白銀ノエルさんを知ったのは、「ドラゴンクエスト」35周年記念配信のミラー配信(兎田ぺこらさんの配信枠)に彼女がゲスト参加していたときです。その配信で、白銀ノエルさんが「『ドラゴンクエストIV』が一番好き」と話されていたことで、彼女の人柄に関心を抱きました。なぜなら『ドラクエIV』は、私もドラクエシリーズの中で特に好きな作品の一つだったからです。

「ドラゴンクエスト」35周年記念特番 公式ミラー配信ぺこ!【兎田ぺこら/白銀ノエル】

 そして、彼女のYouTube100万登録見守り歌枠で、宝鐘マリンさんの「Ahoy!! 我ら宝鐘海賊団☆」を歌っていたのを見た瞬間、自分のなかで「情動」が喚起させられたんです。

【白銀ノエル】Ahoy!! 我ら宝鐘海賊団☆【歌枠】

――情動とはどのようなものでしょうか?

山野:情動は、感情とは少し異なる概念です。感情は、喜怒哀楽を代表するような、「悲しい」「嬉しい」といったわかりやすい心の動きです。これに対して、情動とはより瞬間的、直接的、身体的な反応です。

 大妻女子大学の川村覚文先生の著書『情動、メディア、政治』(春秋社)では、日本のコンテンツを事例にしつつ、情動について論じる章があります。たとえば、「推しのライブを見て泣く」ということが、情動の発露の一例として紹介されています。自分ですらどんな感情が起きたか整理できていないような状態が「情動の発露」だと説明されています。

 あとから振り返れば整理できますが、その瞬間にそうした情動について理解するのは難しいです。「泣く」とは、瞬間的な身体反応であり、その意味で情動です。そうした反応が、自分は白銀ノエルさんの歌を聞いた瞬間に、人生で初めて起こりました。それまでの人生で“推す”という感覚が生じたことがなかったので、彼女の歌枠は「推すってこういうことなのか」ということを気づかせてくれた重要な存在です。

 また、『情動、メディア、政治』では、情動にはクリエイティブな側面があると語られています。情動は言葉にしづらいので、それに言葉を当てはめようとするときに、普段とは異なる思考作用が働くためです。

 白銀ノエルさんの歌枠も、私がこれまで人生で体験したことがない情動を与えてくれたことで、「これはどういうものなんだろう」と説明したい気持ちになれたので、川村先生が著書の中で仰られるように、あれは「クリエイティブ」な体験だったのだと思います。

縦型配信がもたらす距離の近さと想像力

――『17LIVE』などのバーチャルライブ配信アプリでは、縦型画面の配信が主流です。直近ではYouTubeでも縦型配信が実装されましたが、山野さんのなかで縦型配信はどのようなものだと感じますか?

山野:最初に縦型配信を見たときの感覚は、ビデオ通話を見ている気分でしたね。横型と比べると、画面全体に顔が映るので、その“近さ”の感覚に驚いた覚えがあります。

 VTuberは、すべてではないですが、推し活文化と密接に関わっています。この文化で重要なことの一つは、心の距離をどう感じるかということです。ショート動画や縦型配信は、視覚的な側面から、心の距離を近く感じられる効果があると思います。

 くわえて、縦型配信はショート動画の要領で簡単にスワイプ切り替えできるため、新規層を呼び込みやすいです。文脈がわからなかったり、空気感の合わなかったりするライト層を招いてしまう可能性はありますが、やはり新規開拓には効果的だと思います。

――少し踏み込んで、テクノロジー発展による表象媒体、表象内容、表象様式の変化はどんなものでも起こり得ると思いますが、その観点から縦型配信を考察した場合、どのような視点が見えてきますか?

山野:表象媒体は、PCからスマートフォンへの変化が明確ですね。縦型配信はスマホでの視聴に特化した形式であり、PC上で縦型配信を観ると、かえって通常の横型配信よりも観にくくなってしまいます。表象様式はYouTubeの場合、既存のライブ配信アプリに近いものに変化する点が大きいでしょうか。UIが踏襲されている印象はありますね。

 表象内容で顕著なのは、「背景が映しやすいか」という点です。横型背景なら、配信画面には「VTuberが住んでいる部屋」の体裁で背景が表示されています。たとえば姫森ルーナさんは、優雅なお城の一室の中に住んでいます。そこから視聴者は「お菓子の国のお姫様はこういうところに住んでいるんだ」などと想像ができます。この想像力は漫画やアニメのカルチャーなどで育まれている想像力です。

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 ところが、『17LIVE』などの縦型配信では背景がPCでの横型配信に比べてあまり見えない。基本的にVTuber本人が全面に映るので、背景に対する想像力はあまり働かないはずです。そのかわり、いわゆる“ガチ恋距離”を活かした表現ができる。私自身、夜見れなさんやさくらみこさんが初めて縦型配信をやったとき、情動が動いたことを記憶しています。

⳹縦画面配信 ⳼  夜見からの着信…とる?ˎˊ˗ 【夜見れな/にじさんじ】

 そして、別の形で漫画・アニメ的想像力が働く余地もあります。Live2Dモデルにマフラーのイラストを重ねれば「マフラーを首に巻いている」と想像できるし、手のひらをこちらに向けて差し出すイラストを重ねれば「こちらを抱き寄せてくれている」と想像できます。物理的距離だけでなく、関係性への想像力も働く面白さがありますし、その選択肢が広まったことは大きいと思いますね。

――『17LIVE』などのバーチャルライブ配信アプリにおけるギフト機能もそのひとつですね。課金をすれば、配信画面に様々なオブジェクトが現れる。自分が起こした行動が、配信画面に影響を及ぼす点は、表現形態の変化ですね。

山野:そうした投げ銭の演出がデフォルトで実装されていないのは、YouTube縦型配信の特徴ですよね。もちろん、2D/3D配信でも似たようなギミック(例えばスパチャを投げたときに、特殊な効果音と共に画面上部からオブジェクトが降ってきたりする演出等)は見られますが、その機能がどの配信チャンネルでも実装されているというわけではありません。

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