agehasprings森真樹に聞く、エンジニアリングで“境目を作る”ことの重要性

森真樹に聞く“ボーカルエンジニアリング”

海外で感じた“日本とのエンジニアリングの違い”

ーー海外のスタジオでのマスタリングを見て、実際に明確に感じた日本との違いは?

森:日本と海外の違いって、電源や空気のことを言及されがちなんですけど、個人的には「聴いているところが全然違う!」と驚きました。同じエンジニアという職種なのに、例えば、気にしてる周波数ポイントが全然違うとか。具体的に言葉にするのは難しいですが、日本って全体的なイメージを重視して、入っている楽器を満遍なく良く聴かせようとするエンジニアが多い印象なんです。でも、向こうではこの楽器が主役と決めたら、そこをしっかり立たせる。使う音の主役・脇役がはっきりしていて、フォーカスする・ぼやかすの判断も明確でした。

ーーそれは面白いですね。

森:僕が玉井さんをすごいと思ったのは、これに近い感覚で音楽を聴いているからなんです。ジャンルや曲の方向性をはっきりさせて、曲の主役・脇役を決める判断も的確ですし、フォーカスしなくてもいい楽器をバサッと切り捨てられる。

ーーその感覚って、e-onkyoのサイトでも書いていた「ボーカルの輪郭とインストとの境界線」という言葉に近いんですか。

森:そうですね。この言葉について解説すると、僕はミックスの時にボリュームだけで解決しようとすることがあまり好きじゃないんです。音像を作るときに、大きいから目立ってくる、小さいから聴こえづらくなるからといってボリュームをいじるのではなく、輪郭がはっきりしてるものは小さくてもしっかり聴こえてくるので、そこを意識して聴くようにしています。あと、歌とインストの境界線については、離れすぎてもくっつきすぎてもダメだと思っていて、「境目を作る」ことを意識しているんです。1番多く使われる手段はリバーブディレイなんですけど、分離をしすぎず、混ざりすぎず、滲ませるくらいの感覚がベストで。もちろん曲にもよりますけどね。自分の中では画用紙に決まった形の丸を描いて、そこに合わせて紙を切って、糊を付けて貼るーー足りてないとペラペラして浮いちゃうし、くっつけすぎると境目が分からなくなっちゃうような感覚というか。境目をどこまでしっかりくっつけるか、というところに工夫をしているんです。

ーーボリュームの上げ下げではなく、音の足し引きで見せる感覚だったり?

森:それもあります。帯域がぶつかると、どうしても喧嘩してしまいますし、無理やり音を大きくして見せようとしても飽和していくので、僕は先にその帯域を邪魔してるものを特定して、EQ的なポイントやパンニングをいじったりしています。

ーーこれらの他に何か工夫していることはありますか?

森:あまり普通の人がやらないなと思うのは、歌のボリュームをかなり細かく変えていることですね。「ミックスではボリュームだけで解決しない」というさっきの言葉と矛盾するような事を言ってますが(笑)。

ーー録りながらフェーダーを上げ下げするということですか?

森:はい。ずっと動かしてます。新人の頃にアシスタントで良くついていた先輩がやっていた手法なんです。

ーーそのぶん、後からイジりにくいというリスクもあるのでは?

森:ミックスの時みたいに「ここ上げすぎたから直そう」とやり直せないので、ある意味一発勝負です。

ーーそんな博打ともいえる手法をなぜ使っているのでしょう。

森:レベルコントロールをコンプレッサー任せにしない為ですね。そうする事で音像が安定するんです。先ほど話した先輩は、R&B周りのほかに演歌の現場にもかなり入っている人だったんですよ。演歌はオケも含めて1発録りが多く、作業スピードが重要な環境なので、歌もポップスのように細かく歌っていくのではなく、ツルっと録ることが多いんです。そのあと細かくエディットするわけでもないので、録ってる時のレベルコントロールが後々の作業に大きく影響するんですよ。

 最初は見よう見まねでやっていたんですけど、一度フェーダーを使わずに普通に設定を決めただけで臨んだレコーディングもあって。慣れ親しんだチームとアーティストなのに、テイクのOKが出るまでにめちゃくちゃ時間がかかってしまったんですよ。そこからやっぱり「このやり方が一番合ってるんだ」と確信して、今の方法論に至ります。

ーーやっていくうちに、歌う前や大きい声を出す前の予備動作のような勘所もどんどん掴めてきたんですか。

森:わかりやすい例だと「強いブレスが来た時はそのあと強く歌う」とか、そういった動きに合わせてこちらも上げ下げできるようになりました。

ーーセッションしながら録ってるような感覚ですね。ここからは連載のテーマでもある“機材”についてもお伺いしたいのですが、森さんにとって一番核になる機材とは?

森:マイクは現場の環境やボーカリストの声質などに応じて変わってくるので、必ず決まったものを使うわけではありません。そういう意味では、ラックとモニタースピーカー、そしてフェーダーが自分の核となる機材ですね。

ーーフェーダーの違い、というのがわかりにくいのですが、どのような基準で機材を選ぶのでしょうか?

森:重要視しているのは「卓についているものかどうか」ですね。そもそもフェーダーを自分で持つようになった理由は、フェーダーのないPro Toolsメインのスタジオに対応するためなんです。あまり売っていないうえに値段も高いんですけど、自分がいい具合だなと思って買ったのはP&G(Penny&Giles)社のものですね。SSL(Solid State Logic)やNEVEの卓にはほぼ必ずと言っていいほど使われているメーカーで、個人的にもすごく使いやすいです。買ってからメンテナンスも改造もしたので、オンリーワンにはなっているんですけど。

ーー面白いですね。モニター環境についてはどうですか?

森:もちろんYAMAHAの「HS50M」やADAMの「A7X」などでも聴くんですが、個人的にはSONYの「SRS-Z1PC」がお気に入りなんです。ミックスのときの“ラジカセチェック”で定番だったSONYの「ZS-M5」や「ZS-F1」に近くて。人によってはVictorのウッドコーンスピーカーに派生したり、ラジカセ以降のモニター環境はそれぞれ工夫していますが、僕はこれが一番バランスがわかりやすいです。

 こんな小さいのに下もしっかり出ますし、スピーカーが2ウェイじゃなくて同軸なこともあり、ボーカルの音像がすごくわかりやすくて、これがなかったらオケとボーカルのバランスを決められない、というくらい頼っています。クリアなモニター環境で基本的な音色や音像を作ってから、細かいバランスをここで決めるのがいつもの流れですね。

SONYの「SRS-Z1PC」

ーー良いモニターでは逆にわかりづらいこともありますからね。

森:そうなんです。制作陣やアーティストさんにもよるんですが、ミックスでよくあるのが歌・キック・スネア・ベースを真ん中に配置することなんですけど、同じ真ん中でもキックと歌のどちらが前にいるか、のような前後感がハッキリ出るので、ミックスの終盤にボーカルのオートメーションの上げ下げをする際も「SRS-Z1PC」でチェックしています。リスナーの環境もさらに多様化しているので、よりこういった作業が重要になってきている気がするんですよ。

ーーたしかに、スマートフォンのさらなる普及やワイヤレスイヤホンの低価格化など、リスニング環境の変化は大きいです。

森:そういう意味でも、それなりのスピーカーで大きな音量を出して「いい感じだね」で終わらせるのはあまりにもリスナー寄りではないかな、と思っています。「SRS-Z1PC」も廃番になってしまったので、予備で持っている台数含め、もう少し頑張ってもらいたいところですが……(笑)。

上がEmpirical Labs「Distressor EL-8X」、下がCalrecの「PQ1161」

ーーそしてマイクプリアンプはCalrecの「PQ1161」ですね。

森:NEVEの「1073」や「33114」によく間違われるんですけど、同じように本来は卓に入っている機材ですね。これとコンプレッサーのEmpirical Labs「Distressor EL-8X」はフリーになってすぐに購入し、10年以上使っています。

ーーマイクについては環境によって選択するというお話でしたが、時代に応じてのトレンドもありますよね?

森:ありますね。ここ5年〜10年でどこのスタジオにも置くようになり、アーティストからの評価も高いのはBraunerの「VM1」です。とにかくレンジの広いマイクで、NEUMANN系のド定番マイクより上下に広いことが普及した要因かもしれません。日本のポップスーーとくにagehaspringsの作品は、歌に対する子音のアプローチが重要になってきているので、そこを拾う・拾わないが肝になっているんです。玉井さんも僕もそれを気にしながらレコーディングやミックスをするんですが、「VM1」はそのあたりがすごく綺麗に録れますね。そのうえ、2000年代のR&Bブームの頃に流行ったNEUMANNの「M149」は、パキっとしていますが、個人的には耳がキンキンする感じだったので、「VM1」でその“キンキン感”がないのも良いなと思いました。



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