カンザキイオリ「正しい命の浸かり方」

カンザキイオリが明かす“好かれること”の葛藤 『禍禍女』と好意の狂気

 ボカロP、シンガーソングライターのカンザキイオリによる連載『正しい命の浸かり方』。カンザキが自身の生活を振り返りながら、折々に感じた人生観や創作のインスピレーションを、映画作品への思いとともに語っていく。

 今回の作品は『禍禍女』。「何かを好きになること」の尊さと狂気について、自身のアーティスト像を“好かれることで生きている”と語るカンザキが迫っていく。

カンザキイオリ『正しい命の浸かり方』第5回——『禍禍女』

 何かを好きになっているときの人間って、なんで狂ってるんでしょう。

 人を正しく好きになるというのはどういうことなのでしょう。人だけではなく、物もそうです。先日、あるイラストに興味を注がれました。なんとなく、あ、素敵だな。優しくて、柔らかくて、でもイラストレーターの意思が底にしっかりあるな、という感覚もあり、心の中に暖かく響きました。

 創作物のことをなんとなく好きになったものですから、なんとなく、創作者のことを調べてみることにしました。するとどうでしょう。その人も、私と同じ同性愛者だったようで。なるほど、確かにそう考えてみると、イラストの雰囲気も、どこかわかる部分もあるような。と、新しい視点で理解できる反面、あ、これは正しくないんじゃないかな、と感じてしまう自分がいました。

 最初は、ただ純粋に、その景色に恋焦がれていたのに、今度はその創作者という人間に対しても、好きという気持ちを抱えてしまう。その好きという気持ちは、自分もじゃあなに? 付き合えるから? ワンチャンあるんじゃない? いやいや。やめてください。ちんこで好きになってるわけじゃないんです。頭で好きになっているんです。やめてください。やめてください! あーもう!  去勢したいなぁ!!!!!!!!!!!!!!!

 しません。するわけなかろうに。でも本当、この気持ちはなんなんでしょう。正しく人を好きになるってどうなんでしょう。そもそも、正しい好きって? なんだったら正しい? そもそも法律外の私(同性愛者)は全部が正しくないんじゃない?  いつから私、歪んじゃったんでしょう。こんなに人を好きになることに、疲れちゃったんでしょう。いろいろなものに期待をしすぎたのかと思います。

 ここは一つ客観的に考えてみましょう。例えば、家族の仲が悪いですよね。家族の仲が直るようにと期待をして、結局直らず。人を好きになるじゃないですか。で、普通に振られる。原因はいっぱいありますよ。とりあえず振られる。まず、私の時代だと、カミングアウトしている人はほとんどいませんでしたから、まず好きになるのは「普通」の人。つまりとりあえず対象外。はあー。将来への期待をする。でも就職? あの家で暮らしながら? 無理無理! でも一人暮らし? 金ないじゃん。無理無理。

 なるほど、期待すればするほど、期待が叶わないことのほうが多かったんでしょうね。

 人を好きになるのに疲れると、人に好かれるのも疲れてくる。人を好きになってもらうと、不思議な怖さがあります。だって、叶えてあげたい。与えてあげたいんですもの。私。人を好きになる人たちの気持ちが、みんな報われてくれたらなと思うんです。人を好きになることが、正しくなくとも、正しくとも、みんながみんな、報われるべきだと思う。だって、正しいなんて誰にもわからないのだから。だから、せめて私のことを好きになってくれた方には、最低限報われてほしい。でも母数が多ければ多いほど、私は好きを返し続けなければならない。その途方もない、人と人のつながりの辟易とした面倒臭さが、そしてその面倒臭さと向き合い続けなければいけないことが、私は怖いです。

 人を好きになるのが怖いのに、私も残念ながら人を好きになってしまうんですねこれが。自分にも好きなアーティストがいます。皆さんは好きな人に会いたいタイプですか? 私はそんな、会いたくないんです。だって、好きな人って、私にとっての神様じゃないですか。神様が私のことなんか、見てますか? 神様が私に触れて、堕天したらどうするんですか。でも良いことなのか悪いことなのか、私もそれなりの知名度を持っているせいで、例えば友達の友達、友達の友達の友達、などの食事などの誘いで、偶然? たまたま? 出会えてしまうような瞬間があるのです。恐怖!

 人と人は、出会うだけでその人の記憶に住み着いてしまうじゃないですか。私は好きな人の記憶になんか残りたくない。だって、私が残って、一体なんの価値になるというのですか。 でもそれでも人を好きになることをやめられない。何かを好きになることがやめられない。 私の頭にも、好きな人がいっぱいいます。その人たちがずっと、私の脳みそや、内臓を、ぐちゃぐちゃにしている! 全部スクランブルエッグみたいに、口を開いたら私の全部が口から出てしまいそう!

 私の中身はずっとグロい。私だけじゃなく、人を好きでいる人たちは、ずっとグロい。みんな内臓がぐるぐる。そんな、好きのグロさを、ホラーにした人が現れました。はい、今日の映画です。

 はい。ドン!!!! 『禍禍女』です。

『禍禍女』©2026 K2 Pictures

 お笑い芸人でもある、ゆりやんレトリィバァさんが監督を担当した作品です。それだけで少し気になった方は、ぜひこのエッセイを読む前に、映画を観てほしい。もうとんでもなく良いです。期待値以上の気持ちよさを感じれます。もともと監督ではない方が、さまざまな心情で映画界へ進出した作品はこの世にたくさんあります。もとより、人は同じものを永遠にできる人もいれば、たくさんの道へ歩き出す人もいます。俺もそう。音楽したり、創作したり。最近ドラムも叩いてます。

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