『風、薫る』直美はなぜ文と向き合えたのか “2人目の親”になることがもたらした変化

『風、薫る』直美の“親”になってからの成長

 NHK連続テレビ小説『風、薫る』は、第16週「新風吹くころ」から新潟を新たな舞台に加えた。看護婦として大きな挫折を経験したりん(見上愛)は、捨松(多部未華子)の紹介を受け、女学校の舎監として新潟県上越市で働き始める。東京を離れたりんが新しい環境で自分自身を見つめ直していく一方で、第17週「脈動」で物語の中心となっていたのは、東京に残った直美(上坂樹里)だった。文(内田慈)が実の母親であること、さらに重い病を患っていることが明らかになり、りんの新潟編と並行して、直美が長年抱えてきた親への思いと向き合う濃密な物語が描かれてきた。

 直美は、現実的でたくましく、簡単には弱みを見せない人物だ。横浜の教会に捨てられ、親を知らずに育った彼女は、誰かに頼るのではなく、自分の力で生き抜く術を身につけてきた。理想を信じてまっすぐに進むりんに対し、直美は世の中の厳しさをよく知っている。強い言葉や相手を試すような態度も、自分を守るために必要だったのかもしれない。そんな直美の内側にある優しさや情の深さを、あらためて浮かび上がらせたのが環(英茉)と文の存在だった。

 直美は、りんが新潟で働くことを決めた際、環の“二人目のお母さん”になることを引き受けた。親から愛情を注がれた記憶を持たない直美が、自ら誰かの親になることを選んだのである。これまでも直美には、困っている人を放っておけないところがあった。しかし、環との関係を通して見えてきたのは、世話好きというだけではない、誰かの生活を背負う覚悟である。自分が得られなかったものを環に与えようとし、りんが安心して新潟へ向かえるように支えた。環の親となった経験は、文との関係にも少なからず影響を与えたのではないだろうか。

 文が自分の母親だと知っても、直美はすぐに心を開いたわけではない。なぜ自分を捨てたのか。なぜ名前さえ付けてくれなかったのか。幼い頃から抱えてきた疑問や怒りは、文の事情を知ったからといって簡単に消えるものではない。それでも直美は、病に倒れた文を見捨てることはできなかった。看護婦として文を診るだけではなく、一人の人間として、文の残された時間に向き合っていく。病がすでに手遅れの状態にあることを伝える際には、「看護婦ではなく、大家直美として来ました」と話した。患者に事実を伝える看護婦という立場だけではなく、文と個人的な関係を持つ直美自身の言葉として、厳しい現実を告げることを選んだのだ。

 直美は文を母親として受け入れ切れずにいる。しかし、看護婦と患者という関係だけで済ませることもできない。怒りや悲しみを抱えたまま、それでも文のそばにいようとする姿に、直美の情の深さが表れていた。相手を許したから優しくするのではなく、許せない思いを抱えながらも、目の前の人にできることをする。これまでの直美が見せてきたたくましさとは異なる、簡単には割り切れない感情を引き受ける強さが見えてきた。

 7月24日の放送回では、直美は文の願いをかなえるため、寛太(藤原季節)の手を借りて、海が見える神社を訪れる。そこで文は、横浜の教会に捨てられていた子が立派な看護婦になったことに涙を流し、「あなたならきっと大丈夫」と直美に語りかけた。自分が手放した子どもが生き延び、成長し、人の命を支える看護婦になった。その姿を自分の目で見ることができただけでも、文にとっては大きな救いだったはずだ。

 残された時間が少ない文の願いをかなえ、最期まで寄り添うことを選んだ直美。環の親となったことで、直美は初めて文の選択を想像できるようになったのかもしれない。もちろん、環を大切に思えば思うほど、我が子を手放した文の決断を理解できない部分もあっただろう。親の立場を知ったことで文に近づけたと同時に、その選択の重さを以前よりも強く感じたことだろう。

 文の死後、直美は文が残した遺産を受け取ることになる。それは金銭的な財産というだけでなく、文が直美を自分の娘として認め、最後に残した証にも見える。親から何も受け取れなかったと思ってきた直美は、環の親となり、今度は自分が誰かに与える側になった。そして文との再会を通して、自分もまた母から思いを受け取る娘だったことを知る。環の“親”になることと、文の“娘”として向き合うことが重なったことで、直美は自らの過去を受け止められるようになっていった。

 上坂樹里は、そうした単純には整理できない直美の感情を丁寧に演じている。文を前にしても、直美は急に素直な娘にはならない。言葉や視線には距離が残り、母親に甘えたい気持ちがあったとしても、それを簡単には表に出さない。強く、現実的で、簡単には人を信用しない直美。しかし、その強さの内側には、誰かを見捨てることのできない深い情がある。環の親となり、文の娘として向き合ったことで、これまでとは異なる直美の魅力が見えてきた。

 文との親子の物語は一区切りを迎えたが、環の母として生きていく直美が、今回受け取った思いをこれからどのようにつないでいくのかにも注目したい。

■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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