広瀬すずは『ガス人間』作中の“希望”の象徴 “捨てられる者”の悲劇と変化に飛び込む勇気

 電話が鳴ると、そこから「ピタゴラスイッチ」の要領でドミノが倒れていき、レコードプレイヤーが起動する。サザンオールスターズの「いとしのエリー」が流れ、その音楽にあわせてそれまで石像と化していた“ガス人間”が生身の身体を取り戻す。1960年に公開された東宝特撮映画『ガス人間第一号』を現代に呼び起こしたNetflixシリーズ『ガス人間』は、こうした画面を構成する装置――すなわち美術や背景、ロケーションなどを通して、多くのことを物語る作品であった。

 “ピタゴラ装置”のスタート地点にあたる電話機にはファクシミリが付いており、吐き出された紙によって物理的に作動する。倒れていくドミノのなかにはMDやカセットテープが含まれていて、最終的にたどりつくレコードは、偶然にも近年再ブームが到来することになっているとはいえ、少し前まではいわゆる“過去の遺物”とされてきたもの。こうした時間の流れと、そのなかで進歩発展した技術のなかで置き去りにされたものたちのバトンパスの末に響き渡るのは、発売から47年経っても変わることなく歌い継がれている名曲だ。

 一方、そんな装置がセットされたガス人間の眠りし場所もまた、20年以上も放置された廃倉庫の地下。近くには同じように打ち捨てられた「ブンコラーメン」の廃墟もボロボロのままで残されている。また、第7話のラストで爆破される選挙事務所があるのは、いま日本のさまざまな場所で失われつつあり、やがて過去の遺物となりかねない商店街。対照的に、第3話でガス人間がターゲットを追い詰めるシーンの後ろに見えるのは100年以上前に建てられながら改修や復元を重ね象徴的建築物となった東京駅である。

 いわばこのドラマは、すでに忘れ去られ打ち捨てられたものたちと、現在進行形でそうなりつつあるものたち、そして、そうならずに済んだものたちの対比によって成立している。いや、三つ目が現時点でたまたま打ち捨てられていないだけだと捉えれば、対比というよりはせめぎ合い、あるいは表裏一体性によるものだといってもいいかもしれない。当然のように、ブンコラーメンの新店舗もテレビ局の新社屋も、それぞれの旧建物のようにならないとは言い切れないのだから。

 これは劇中に登場する人物たちにもそのまま当てはめることができよう。オリジナル映画から職業の設定だけが踏襲された刑事の岡本(小栗旬)や記者の京子(蒼井優)はともかくとして、物語の核であるガス人間の青年・堤田蓮(UTA)は“人間燃料”として使い捨てられ、廃墟のなかで石像と化して忘れ去られた青年。オリジナル映画で土屋嘉男が演じたガス人間の水野とはまるで異なり、27年前の姿のまま時が止まり、俗世から完全に隔絶された存在としてありつづける。

 また、ガス人間の存在を追う藤川富士太(林遣都)と華歩(広瀬すず)の兄妹は、動画配信者という現代的かつ非常に危うい職業であり、しかもまったく芽が出ていないのだからいつ忘れ去られてもおかしくない立場にある。彼らが第4話で出会うミミ(森川葵)の地下アイドルという職業も、ケンタ(賀来賢人)のホストという職業もまた然り。そうした人間模様の背景で力を振りかざすのは、警視総監であったりヤクザであったり政治家であったりするわけだが、彼らもまた誰かを使い捨てた先に自分自身も使い捨てられかねない代替可能な“人間燃料”。まさしく盛者必衰とでもいうべきか。

 あらゆるものが無常な世界のなかで、ガス人間だけは規則的な変化のなかに囚われ、ある意味ではその無常さから解き放たれているといえるかもしれない。形を変えることではじめて力を得るし、ガス化して自由自在に動き回ることができるが、決してその魂は自由に解き放たれることはない。そこで初めて、このドラマの持つ真の悲劇性が見えてくるのである。結局この物語のなかで希望となりうるのは、自発的に変化のなかに飛び込んでいった藤川華歩くらいなのかもしれない。

■配信情報
Netflixシリーズ『ガス人間』
Netflixにて世界独占配信中
出演:小栗旬、蒼井優、広瀬すず、林遣都、UTA、芋生悠、伊島空、こばやし元樹、古館寛治、川瀬陽太、野村周平、中島歩、斉藤柚奈、柊木陽太、三河悠冴、松浦祐也、モーリー・ロバートソン、吉原光夫、三石琴乃、近藤芳正、和田光沙、髙嶋政宏、賀来賢人、森川葵、原日出子、中野英雄、夏川結衣、酒向芳、ピエール瀧、岡部たかし、青木崇高、竹野内豊
監督:片山慎三
脚本:ヨン・サンホ、リュ・ヨンジェ
原作:『ガス人間第一号』(監督:本多猪四郎/脚本:木村武)
エグゼクティブ・プロデューサー:ヨン・サンホ、市川南、大田圭二、臼井央、佐藤善宏(Netflix)
企画・プロデュース:馮年、呉良次
プロデューサー:小野田壮吉、ヤン・ユミン
企画:山内章弘
VFX:白組
VFXスーパーバイザー:髙橋正紀、新堀巧
企画・製作:東宝
共同企画・制作:WOWPOINT
制作プロダクション:TOHOスタジオ
配信:Netflix
作品ページ:https://www.netflix.com/title/81714240

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