『デッドマンズ・ワイヤー』は実話映画の理想形だ 現実とフィクションの境界を揺さぶる

『デッドマンズ・ワイヤー』は理想形の映画

 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、夏到来を喜べない玉置が『デッドマンズ・ワイヤー』をプッシュします。

『デッドマンズ・ワイヤー』

「この物語は事実をもとに創作されています」

 白状すると私は「実話をもとにした映画」に対して苦手意識を抱いている。その手の作品の多くには、過度なメッセージ性や、実在の人物に対する過剰なリスペクトが透けて見えることが多いからだ。フィクションとしての純粋な楽しさや感情移入ではなく、背後にいる「作り手の意思」を強く感じてしまう瞬間、どうしても冷めてしまう。

 だが、本作はそんな私の偏屈な体質を、きわめて面白い映画技法によって軽々と超えてみせた。人質事件でありながら、白昼堂々ニュースとしてリアルタイムで報道され、当時アメリカ中を震撼させた前代未聞の立てこもり劇。これほどに伝説的な事件を、この作品に出会うまで知らなかった自分を後悔したくなるほどの衝撃がそこにはあった。

 本作は事件当日の朝から人質を伴った逃避行の果てまで、事件の推移だけをひたすらカメラに収めていく。そのストイックな演出によって、観客はフィクション映画を観ているというより、実際の事件の記録をリアルタイムで覗き見ているかのような、あるいはスクリーンを超えて当事者の一人としてその場に立ち会っているかのような奇妙な感覚に囚われる。

 基本的にはハイクオリティに撮影された映像で展開されるのだが、その合間に、1970年代を思わせる粗いフィルム映像やニュース映像、モノクロ写真が混ざり合う。このスイッチングの妙に、観ているこちらは何度もビクッとさせられる。このドキュメンタリーチックな手触りがあるからこそ、物語は一本筋で進むにもかかわらず、観客は犯行の一部始終から一瞬たりとも目が離せなくなる。

 事件の主犯である主人公トニー・キリシス(ビル・スカルスガルド)の持つ危うさは、本作の絶対的な肝だ。

 彼の犯行計画は、狂気に満ちている。自分と人質の首にワイヤーをくくりつけて固定し、両者が離れるとすぐさまショットガンの引き金が連動し、人質の後頭部が吹き飛ぶ。なんて完璧で、あまりにも恐ろしい仕組みだろう。

 しかし、そんな最悪の構造を孕みながらも、彼らの逃避行にはなんとも言えない「ブラックなシュールさ」が常に漂う。真昼間から首をワイヤーで繋いだ男2人が街をノタノタと歩き、パトカーを堂々と盗み、警察に無線の使い方を教えてもらいながら、すぐ後ろに数名の警察官を従えて自宅へと帰る。この絵面のバカバカしさがたまらない。緊迫したサスペンスであるはずの映像から漂う異様なドタバタ感と、犯人が放つ予測不可能な狂気の執念が、唯一無二のブラックサスペンスへと昇華している。

 何より素晴らしいのは、変にこの2人に安易なドラマを盛らない点にある。極限状態の中で、人質と犯人の間に絆が芽生えたりといった、お決まりの美談には決して着地させない。悲劇的でもドラマチックでもない、けれど確かにそこに生じる奇妙で特別な関係性を演じきったキャスト陣の演技が、本当に見事だった。

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