映画史に刻まれる“名演” 『GOOD BOY/グッド・ボーイ』にみたインディペンデントの底力

『GOOD BOY/グッド・ボーイ』の画期性

 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、犬よりも猫派の宮川が『GOOD BOY/グッド・ボーイ』をプッシュします。

『GOOD BOY/グッド・ボーイ』

 上映時間わずか73分。それだけで拍手を送りたくなるところだが、この短尺の中に詰め込まれた映画的アイデアと映像表現の実験精神は、近年、大作主義に傾きがちなハリウッドに対するアンチテーゼであり、我々が映画館に通う理由を改めて思い出させてくれる。

 “全編犬視点”(正確にはそうではないが)という触れ込みのホラー映画『GOOD BOY/グッド・ボーイ』は、カメラワークや演出が主人公であるレトリバー犬・インディの目線(ドッグ・アイ・ビュー)で撮られているのが最大の特徴だ。

 物語はいたってシンプル。アパートでレトリバー犬のインディと暮らす飼い主のトッドが謎の体調不良で吐血してしまい、偶然アパートを訪れたトッドの妹ヴェラが病院へ急いで連れて行く。後日、退院したトッドはインディを連れて、かつて祖父が謎の死を遂げたという曰く付きの古い空き家に移り住む。人間には見えない、しかし確実にそこに存在する“邪悪な何か”が、トッドの心身を徐々に蝕んでいく。異変にいち早く気づいたインディは、大好きな飼い主を守るため、言葉も通じない中で孤独な戦いに身を投じていく。

 このプロットだけを文字で追えば、クラシカルなオカルトホラー、あるいはJホラーのような心霊現象ものの系譜に思えるだろう。だが、視点を“犬”に変えるだけで、見慣れたはずのホラーの文法が新鮮な恐怖へと生まれ変わる。

 監督を務めたベン・レオンバーグは、3年という制作期間をかけ、カメラを常に犬の目線(数十センチの高さ)に固定した。我々人間にとっては何でもない家具の隙間や、ドアの向こう側、薄暗い部屋の隅が、インディの視点を通すことで、“何が飛び出してくるかわからない迷宮”へと変貌する。犬ならではの優れた聴覚や嗅覚が、映画的な音響効果や不穏なカメラの揺れによって可逆的に表現され、観客は完全にインディとシンクロした没入感を味わうことになる。

 そして本作を語る上で何より外せないのが、主演を務めたノバ・スコシア・ダック・トーリング・レトリバーのインディによる“演技”の凄まじさだ。彼はアストラ映画賞をはじめ、各国の映画賞で「動物俳優として初の最優秀演技賞」を受賞するという歴史的快挙を成し遂げたが、実際に映画を観ればその評価にも納得がいく。誰もいない部屋の隅をじっと見つめるときの張り詰めた横顔、体調が悪化していく飼い主を覗き込むときの悲痛で不安げな瞳……。本物の犬が持つ豊かな感情表現が、ホラー映画としての怖さに加え、作品に意外な温かみを与えている。

 「大好きな飼い主を守りたい」という忠犬の健気さに胸を打たれ、癒やされながらも、全編に漂うじっとりとした恐怖に背筋が凍る。この“恐怖”と“愛らしさ”の奇妙な同居こそが、この映画の唯一無二の魅力だ。

 上映時間2時間超えが当たり前となった昨今の映画の中で、73分というタイトさで満足感と映画的興奮を与えてくれる本作。暑さが本格化してきた今の時期にぴったりの一本だ。

■公開情報
『GOOD BOY/グッド・ボーイ』
ヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート新宿ほかにて公開中
出演:インディ(オス・8歳くらい、犬種ノヴァ・スコシア・ダッグ・トーリング・レトリバー)、シェーン・ジェンセン、ラリー・フェセンデン、アリエル・フリードマン
監督・脚本・製作:ベン・レオンバーグ
共同脚本:アレックス・キャノン
共同製作:カリ・フィッシャー
配給:アット・エンタテイメント
2025年/アメリカ/英語/73分/5.1ch/シネスコ/カラー/原題:Good Boy
©2025 Whats Wrong With Your Dog, LLC. All Rights Reserved. 
公式サイト:goodboymoviejp.com

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