『風、薫る』バーンズのアップルパイが沁みる 卒業後も続く「What is nursing?」の問い

NHK連続テレビ小説『風、薫る』第59話では、りん(見上愛)と直美(上坂樹里)たちが女学校を卒業を迎えた。看護婦を目指して走り続けてきた彼女たちにとっては、ひとまずの節目である。バーンズ(エマ・ハワード)や捨松(多部未華子)から受け取ってきた「看護とは何か?」という問いを抱えながら、りんと直美は次の場所へ進もうとしている。

卒業式の日、りん、直美、多江(生田絵梨花)らは敏子(伊勢志摩)から卒業証書を受け取る。ここまでの日々を思えば、もっと晴れ晴れとした顔をしていてもよさそうなものだが、生徒たちはどうにも落ち着かない。理由はもちろん、バーンズの姿がそこにないからである。敏子の話もろくに聞かず、直美たちは教室を飛び出してしまう。

ところが、これは完全な早とちりで、バーンズはまだ学校に残っていた。しかも、そこにはすでに卒業したゆき(中井友望)の姿もあった。バーンズは最後にアップルパイを振る舞うため、ゆきと相談して準備していたのだという。厳しくて、簡単には甘い言葉をかけないバーンズが、最後に用意していたのがアップルパイというのがいい。いかにもバーンズらしい優しさである。
ゆきからの「卒業おめでとう」という言葉も胸に残る。ゆきは、りんたちと同じ場所で学びながら、同じ形で卒業を迎えたわけではない。だからこそ、その言葉には、ただの祝福以上のものがある。途中で道が分かれたとしても、同じ時間を過ごしたことまで消えるわけではない。そこにゆきがいるだけで、この卒業式の景色はずいぶん違って見える。

スコットランド民謡「オールド・ラング・サイン」にのせて、みんなで卒業写真を撮る場面も印象的だった。りんも直美も多江も、バーンズも、ゆきも一緒に写真に収まる。卒業はうれしい。だが、もうこの顔ぶれで同じ教室に集まることはないのだと思うと、どうしたって寂しさがある。お別れとは、いつも少しだけ遅れて実感が追いついてくるものなのかもしれない。
その後、久しぶりに大山家を訪ねたりんと直美は、捨松と再会する。捨松にとって、女学校を作ること、そして日本で看護婦を育てることは、自分の夢でもあった。その夢の先に、りんと直美たちの卒業がある。そう考えると、この再会は単なる卒業報告ではなく、彼女たちが何を受け取ってきたのかを確かめる場面でもあった。

ここで再び出てくるのが、「What is nursing?」である。看護とは何か。りんと直美がこれまで何度も向き合ってきた問いだ。だが、2人はすぐに答えられない。入学したばかりの頃なら、もっと勢いで何かを言えたかもしれない。けれど、実習で患者の体だけでなく、その人の暮らしや痛み、家族との関係まで見てきた今となっては、看護をひと言で言い切ることのほうが難しい。
捨松は、学べば学ぶほど安易に答えられないのが看護だと話す。これは、答えられない2人を責めているわけではない。むしろ、すぐに答えを出せなくなったこと自体が、2人が看護を本気で考え始めた証なのだろう。バーンズが繰り返し投げかけてきた「What is nursing?」は、正解を当てるための問題ではない。これから先も悩み続けるための問いなのだ。
そんな中で、捨松から思いがけない事実が知らされる。帝都医大病院が、りんたちを看護婦として受け入れる話をなしにしたというのだ。卒業すれば次の場所へ進める、というほど話は簡単ではない。捨松は「これからそれぞれの場所で誠実に悩み続けていきましょう」と語り、りんと直美と優しく握手を交わす。卒業とは、悩まなくなることではない。学校で受け取った問いを、それぞれの場所に持っていくことなのだろう。バーンズが残した本には、「看護とは何か? 問われているのは私自身である」というメモが記されていた。看護を考えることは、患者を見ることだけではなく、自分がどう人と向き合うのかを問い続けることでもある。
別れがあり、問いがあり、新しい壁もある。それでも、りんと直美の日々は続いていく。卒業写真に収まった時間を胸にしまいながら、2人はまた、それぞれの場所で「看護とは何か?」を考え続けることになるのだろう。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK






















