『劇場版モノノ怪 第三章 蛇神』は“集団心理”の恐ろしさを問う 集大成にして得た“普遍性”

『劇場版モノノ怪 第三章』集団心理の恐さ

 本作を観たあと、この「合成の誤謬」という言葉は、自分の日常の見え方にも入り込んできた。

 まず思い出したのは、コロナ禍の初期に見た光景だった。感染拡大への不安が高まるなかで、マスクや日用品を少し多めに買っておこうとすることは、個人の備えとしては合理的だ。けれど、多くの人が同じように動いた結果、入荷未定の貼り紙が増え、必要なときに買えないかもしれないという不安がさらに買いだめを呼び、マスクが転売価格で出回ることもあった。

 個人としては正しく見える選択が、集まることで誰のためにもならない景色を作ってしまう。これは、合成の誤謬のわかりやすい例だろう。

 ただ、本作が突きつけるのは、個人として合理的な選択が全体の不利益になる、というわかりやすい構造だけではない。本人たちは「みんなのため」「組織のため」と信じて動いているのに、その選択が積み重なることで、かえって全体に歪みを生んでしまうこともある。

 筆者が以前勤めていた会社には、いわゆる即レス文化があった。返事が早ければ相手の作業も止まらず、すぐに反応するほうが印象もいい。後回しにして忘れる心配もない。個人にとってもチームにとっても、即レスは合理的な選択に見えていた。

 けれど全員がそれを徹底すると、誰もが常に通知に気を取られ、集中する時間は少しずつ失われていく。速さが優先された結果、かえって齟齬が生まれることもあった。別のチームに異動したあと、ふと考えた。あの即レスの応酬は、本当にチームのためになっていたのだろうか、と。よくある話だとは思うが、合成の誤謬の怖さはこうした何気ない日常にも潜んでいる。

 大奥という閉じた場所で可視化されているのは、遠い時代の特殊な悲劇ではない。目の前の利益を守るための選択も、全体のためだと信じた選択でさえも、積み重なればときに思いがけない歪みを生む。その果てに立ち上がるのは、誰も望んでいなかったはずの怪物だ。

 そう考えた瞬間、本作の怖さはスクリーンの中だけには収まらなくなる。

 三部作を追ってきた人にとっては、大奥をめぐる物語の集大成として。初めてこの世界に触れる人にとっても、美しくも不穏な密室劇として楽しめる一作になっている『劇場版モノノ怪 第三章 蛇神』。華やかな世界で役割に絡め取られていく人々の顛末を見届けた後も、モノノ怪は、スクリーンの向こう側からこちらを見返しているのかもしれない。

参照
※ https://kadobun.jp/feature/talks/entry-105900.html

■公開情報
『劇場版モノノ怪 第三章 蛇神』
5月29日(金)全国公開
キャスト:神谷浩史(薬売り役)、種﨑敦美(幸子役)、入野自由(天子役)、津田健次郎(溝呂木北斗役)、榊󠄀原良子(水光院役)、黒沢ともよ(アサ役)、日笠陽子(時田フキ役)、戸松遥(大友ボタン役)、梶裕貴(時田三郎丸役)、福山潤(嵯峨平基役)、細見大輔(坂下役)、チョー(時田良路役)、堀川りょう(藤巻役)、ゆかな(天局役)、平野文(常磐井役)、本多真梨子(カワ役)、竹本英史(溝呂木朔役)、沢城みゆき(三代目御台所役)
総監督:中村健治
監督:越田知明
脚本:新八角
キャラクターデザイン:永田狐子
アニメーションキャラデザイン・総作画監督:高橋裕一
美術設定:上遠野洋一
美術監督:倉本章、斎藤陽子
美術監修:倉橋隆
色彩設計:辻󠄀田邦夫
ビジュアルディレクター:泉津井陽一
3D監督:白井賢一
編集:西山茂
音響監督:長崎行男
音楽:岩崎琢
プロデューサー:佐藤公章、成瀬晃一、加藤はるか、上松南菜子
企画プロデュース:山本幸治
主題歌:アイナ・ジ・エンド「No Epilogue」(avex trax)
製作・配給:ツインエンジン
制作:スタジオカフカ、EOTA
©ツインエンジン
公式サイト:https://www.mononoke-movie.com/
公式X(旧Twitter):https://twitter.com/anime_mononoke

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