『風、薫る』が描く新しい“明治”とは? 時代考証が明かす史実とフィクションの境界線

時代考証が語る『風、薫る』の新しい明治

 現在放送中のNHK連続テレビ小説『風、薫る』。明治という激動の時代を舞台に、看護婦を目指す主人公の一ノ瀬りん(見上愛)と大家直美(上坂樹里)の姿を描く本作には、大山捨松(多部未華子)や清水卯三郎(坂東彌十郎)といった実在の歴史上の人物も登場し、物語に深みを与えている。

 本作の時代考証を務める久保田哲氏に、史実とドラマ演出の線引きや、当時の日本人が抱いていた捨松や卯三郎への印象、そして明治という時代における「女性の働き方」について話を聞いた。

価値観が移り変わる明治時代のリアル

ーー久保田先生にとって、ドラマの時代考証は今回が初めてだそうですね。具体的にどのような助言や関わり方をされているのでしょうか?

久保田哲(以下、久保田):医療関係については専門の医事考証の先生がいらっしゃるので、私は時代全般についての助言がメインになります。ちょっとした言葉遣いや登場する道具についてなどですね。例えば、劇中に「社会(ソサエティ)」という言葉が出てくるのですが、最初の段階では「別の人物が訳した」というお話になっていたんです。そこを「実は違う人が訳したんですよ」と指摘させていただいたり、そういった細かなやり取りをしています。

ーー台本を読まれたり、設定のやり取りをされる中で、何か気づきなどはありましたか?

久保田:やはりNHKの皆さんは、多くの人が関わっているからこそ、本当に細部まで突き詰めようとされているなと感じます。もちろんドラマとしての演出もあるとは思いますが、非常にこだわって作られているというのが率直な感想です。正直、時代考証の作業は結構大変なのですが(笑)、自分の関心のある時代をこうして扱っていただけるのは、研究者としても非常にありがたいお話だなと思っています。

ーー本作では、りんが町を歩いている際に「女が働くのか」と驚かれるシーンがありました。当時の「女性が働くこと」に対する価値観はどうだったのでしょうか?

久保田:特に江戸時代までは、女性に期待されていた価値というのは「良い嫁であること」でした。明治になってだんだんとそれが薄れていき、新しく出てきた言葉が「良妻賢母」です。「良き妻、良き母」という価値観とともに、「良い嫁」という感覚が徐々に抜けていく過渡期の時代だったのだと思います。当時は、賃金が支払われるような職業は女性にはほとんどありませんでした。女性が働くといえば、教師や助産婦、もう少し後の時代になれば女性向け雑誌の記者など、ごく限られた職業しかなく、その中に「看護婦」という新しい道が加わっていった背景があります。

捨松は「おてんば」卯三郎は「奇天烈」

ーー大山捨松はアメリカに長期留学し、看護やチャリティの知識を持っていましたが、当時はどのように見られていたのでしょうか?

久保田:当時の一般的な日本人が彼女たちに抱いた印象は、「奇人変人」だったと思います。彼女に限らず、西洋を体験してきた人たちの話は、一般の人からすれば「何を言っているんだ?」と理解できない部分が大きかったはずです。明治の政治家たちにとっても、「文明国」になるためには女性の地位向上やリスペクトが必要だと言ってはいましたが、実際に女性が知識を身につけて対等に発言するようになると、男性からすれば面白くないわけです。煙たがられてしまう。だからこそ、そうした女性たちは「おてんば」や「生意気」と捉えられてしまった部分があるのだと思います。捨松の看護教育などの活動は、当時の日本においてまさに先駆けだったと評価されています。

ーー清水卯三郎についてはいかがでしょうか?

久保田:彼も幕末の早い時期から西洋を体験している人物ですが、史実でもよくわからない謎めいた部分が多いんです。今回、台本を読んでいて個人的に一番面白かったのが、彼がチョコレートを配る描写ですね。明治になって虫歯が増えたのは甘いものが増えたからだとも言われているのですが、卯三郎がチョコレートを配ったあとに歯科技術を導入するというのは、ある種の「マッチポンプ」のようにも見えて(笑)。実際に彼がチョコレートを持ち歩いていたかはわかりませんが、当時の人から「奇天烈な人に見えた」という意味では、すごく象徴的で面白いエピソードだと思います。卯三郎が晩年に「歯科医」という職業を選んだのも、専門的な医学の追求というより、市井の人々の生活への関心が強かったからこその選択だったのではないかと想像しています。

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