『ピーキー・ブラインダーズ』完結編で強調されたメッセージ 物語を締め括る“不滅”の精神

ストーリーに大きな影を落としているのが、ナチスドイツとファシスト連合との繋がりだ。オズワルド・モズレーはナチス同様に、イタリアのベニート・ムッソリーニに憧れ、イギリスでファシズム運動を展開していた。モズレーやベケットらの運動が大きな熱狂を呼び、もし実を結んでいたならばイギリスもまた、イタリア、ドイツのようなファシズムを基に王室の権威を利用した、大日本帝国型の政治体制に接近していたかもしれない。
デュークは、彼自身の孤独による父親への反発から、こうしたベケットのようなファシストと歩調を合わせてしまうのである。こうした構図は「反共産主義」という政治的な方向性のもと、日本の政治団体と裏社会が繋がっていた構図と酷似しているといえよう。
デュークの亡き母ゼルダの妹であるカウロ(レベッカ・ファーガソン)は、降霊術を通して彼女に成り代わることで、デュークの生き方に警鐘を鳴らし、トミーを復帰させる力となる。この神秘的な役柄を説得力をもって演じられる俳優は少ない。『DUNE/デューン 砂の惑星』シリーズでも神秘性を見事に発揮したレベッカ・ファーガソンは、その意味で良いキャスティングだ。そして、ストリートにまた姿を現したトミーが再び過激に活躍する瞬間は、本作の白眉といえよう。
そこで重要となるのは、アイルランド系である上に「ロマ」の血も受け継いでいるという、トミー、そしてデュークの出自である。ロマは、歴史的にヨーロッパを移住してきた民族であり、いわれなき差別も受けてきた。ナチスドイツはユダヤ民族へのホロコーストの被害には、ロマも含まれていることが知られている。だから必然的に、ベケットもまたデュークに蔑視感情を持っていたことが明かされる。
ドラマシリーズの第1シーズン冒頭で、東洋系の子供たちとトミーとの交流が描かれていたことが象徴するように、トミーのそうしたイギリスでのマイノリティ性というのは、出自によって人間を判断しないという進歩性に繋がっていたといえる。しかし、しばしばマイノリティに属する人が、自分を守るためなのか他のマイノリティを弾圧しようとする運動に参加するケースがある。まさしくデュークも、そうした自己の崩壊が待つだろう道へと歩みを進めていたということだ。
史実におけるピーキー・ブラインダーズは、こうしたダークヒーローとしての役割を引き受ける存在ではなかったかもしれない。だが、ここでのトミーからデュークへ受け渡されるストリートにおける、さまざまな民族を肯定しようとする労働者階級の“精神”は、現代の多様性尊重にも通じるところがある。
本作の時代設定では、警察の取り締まり強化や、他のギャングに押されたことで、すでにピーキー・ブラインダーズは歴史の表舞台から姿を消していたとみられる。しかしわれわれ観客は、物語や伝説のなかで理想化されたギャング像のなかから、高圧的な政府や差別的な社会などよりも、よほど高潔な精神を、デューク同様に“不滅”のものとして受け取ることができるはずなのだ。これこそが、『ピーキー・ブラインダーズ』という、滅びゆくギャングを描くドラマシリーズが打ち出したテーマであり、本作が強調した熱いメッセージだと考えられるのである。
■配信情報
『ピーキー・ブラインダーズ:不滅の男』
Netflixにて配信中
出演:キリアン・マーフィー、レベッカ・ファーガソン、ティム・ロス、バリー・コーガン、スティーヴン・グレアム
監督:トム・ハーパー
脚本:スティーヴン・ナイト























