髙石あかりは人生の楽しみ方を教えてくれた 『ばけばけ』が描き続けた“うらめしさ”の多層性

 地域でずっと語り伝えられてきた怪談に命を吹き込むのは、その語り手の主観であり心だ。「アナタノハナシ、アナタノカンガエ、アナタノコトバ、スキデス」——ヘブンがトキに伝えたこの言葉は、本作を貫く哲学の凝縮だ。幼い頃から「古い」「気味が悪い」と笑われてきた怪談への愛を異国の人が肯定したとき、それはトキの人生そのものへの肯定でもあった。

 物語はそもそも、トキが老いたヘブンに『耳なし芳一』を語り聞かせる夜のシーンから始まる。第12週では大雄寺の住職が語る『水飴を買う女』をきっかけにヘブンが怪談に目覚め、深夜のろうそくの灯のもとでトキが『鳥取の布団』を語ったことで二人の距離は一気に縮まった。史実でも小泉セツがハーンに最初に語った怪談がこれだという。第13週では月照寺の『大亀の怪談』をトキが語り始めた瞬間、錦織の通訳をヘブンが制止し、銀二郎(寛一郎)・イライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)の目の前で二人だけの世界になった——「怪談」こそが告白を越えた二人の言語だった。第21週では熊本で出会った「呪われた女」イセ(芋生悠)から『人形の墓』の話を引き出したのもトキだ。名もなき普通の人の声と心が、やがて世界に届く文学の核になるという逆説を、このドラマは示し続けた。

 国籍・立場・境遇・価値観の異なる人々が出会い、対話し、「友達」「家族」という同質の情を育んでいく横軸の描き方も格別だった。「あげ」「そげ」だけで通じ合う家族の会話、「ダラくそが~!」と縁側で全員が叫ぶシーン。視聴者の中で「この人はこう言うだろう」「こんなことしでかしそう」が共通認識となるほど、登場人物たちは生き生きと息づいていた。あれだけ武士に縛られ西洋を憎んでいた勘右衛門(小日向文世)が西洋由来のスキップを軽やかにこなし「スキップ師匠」と呼ばれるほど、心がほぐれ、本来は偏見に満ちた呼び名、勘右衛門→ヘブンの「ペリー」、ヘブン→勘右衛門の「ラストサムライ」が互いに親しみをあらわす友好関係になっていく様もこまやかに描いた。

 それだけに、ヘブンが「書くの人」へと育っていく縦軸の薄さは惜しまれた。同じくBK(NHK大阪)制作で落語家を目指すヒロインを描いた藤本有紀脚本の『ちりとてちん』(2007年度後期)は、登場人物の名前を落語の登場人物から取り、各週の展開と落語の演目の機微を重層的に響き合わせることで、知らなくても楽しめるが知っていればより深く見える作品を作り上げた。本作にも同様の仕掛けを期待したが、ヘブンが怪談を書き上げるのは、まさかの最後から2週目の金曜日。あまりに遅すぎて、あまりにうらめしい構成だった。これは朝ドラの尺の難しさが浮き彫りになった一点でもある。

 一方、映像の力は最後まで本作を支え続けた。電気のない明治時代を忠実に再現するため、天井を設けてセット上からの照明を排し、窓や玄関から差し込む自然光を頼りに撮影が行われた。ろうそくやあんどんの明かりだけで闇を描くために、朝ドラ史上初となるシネマカメラ「VENICE」(ソニー)が導入されたのも本作だ。うらめしい西日の光、暗闇から手を伸ばしても届かない眩しい日の光——光と影の設計が、笑いの多い作品の底に「うらめしさ」を絶えず滲ませていた。どんなにコミカルな掛け合いをしていても浮ついたコントにならないのは、全身表現のできる舞台俳優の多さとこの湿度の高い映像の力があってこそだ。特に第23週の松江大橋の袂でのヘブンと錦織の邂逅シーンは、実相寺昭雄などの往年の名画を連想させる日本的な物悲しさと美しさが際立つ映像だった。

 ケア労働の無償化、SNS誹謗中傷の傷の不可逆性、排外主義、非正規雇用——いずれも明治の現実を丁寧に描いた結果として自ずと浮かび上がってきた現代との地続きだ。第1話冒頭の丑の刻参りと「雨清水トキ=丑三つ時」のロングパス、セツさんの名前が歴史から消えていった「うらめしさ」を描くこと自体が、長く「いないもの」にされてきた女性を現代に蘇らせる行為でもあった。本作が最後まで手放さなかった誠実さは、そうした細部に宿っていた。

 時代の大きなうねりに取り残されながら、それでも笑い、泣き、隣の人を愛し続けた人々。そのうらめしさと愛おしさを同時に抱えた人間讃歌の『ばけばけ』と、そこに生きるうらめしい人々の姿は、ままならない時代を生きる私たちの人生の楽しみ方を教えてくれる物語だったかもしれない。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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