デイヴ・バウティスタ×ジェイソン・モモアの2大スター共演 『レッキング・クルー』の革新性

こうしたエクストリームなバイオレンスを追求する映像を表現するのは、『ザ・レイド』シリーズなどで撮影監督を務めたマット・フラネリーだ。デイヴ・バウティスタとMIYAVIのクライマックスにおけるアクションに代表されるように、低い重心の戦いを捉えるカメラワークにも、『ザ・レイド』(2011年)を想起させる、観客を興奮に導く工夫が見られる。
本作の特殊性は、それ以外にもある。それは、主人公たちの視点が“アメリカの周縁部”からのものであること。前半部でアメリカ先住民の居留地が登場することが暗示するように、メインの舞台となるハワイでも、あくまで視点は先住民族からのものだ。実際、主演のジェイソン・モモアは、ハワイの先住民族をルーツに持っている。ドラマ作品『チーフ・オブ・ウォー』では、モモアが主演と脚本を務め、ハワイ諸島の統一の時代を大スケールで描いていたように、民族の物語を広く伝えようとする情熱が、彼にはある。
ハワイ諸島は、120年以上前からアメリカの一部となっている。いまではフィリピンや日本を含めたアジア系の入植者や、アメリカ人移住者が人口のかなりの部分を占め、ネイティブ・ハワイアン、サモア系、トンガ系などの先住民族は、社会の中枢から押しやられる傾向があるといわれる。本作は、そういった側からの鬱屈した力が、ついにクライマックスで爆発するというカタルシスが用意されているのだ。
クレス・バング演じる白人や、MIYAVI演じる日本のヤクザが、悪役として劇中でジェームズやジョニーを軽視する態度には、そういった歴史的な構図を映し出す意味も込められている。ジェームズがハンマーなど身近な武器で、そういった敵と戦うことが象徴するように、「レッキング・クルー」を体現する、彼ら肉体労働の表象は、搾取者と対峙する者たちとして表現されてもいるのだと考えられる。ここが、本作が従来のアメリカ映画の鈍感さから脱却し得ている点といえるだろう。
本作のアンヘル・マヌエル・ソト監督は、プエルトリコ出身で、国際的な映画づくりを経験してきたクリエイターだ。彼の撮ったDCコミックス原作のヒーロー映画『ブルービートル』(2023年)は、日本では劇場未公開となってしまったものの、ラテン民族の視点から家族の愛情を描いた、アメリカ含め世界で評価を得た一作だった。こうした、アメリカ内外の周縁に置かれた視点が反映していることこそが、本作には重要だったということである。
とはいえ、人種の描写にこだわったことで、むしろ人種的な構図を単純化してしまっている面も見られる。劇中で、MIYAVIが演じる男が「真珠湾攻撃」を例に出してアメリカやハワイを侮辱する描写は、とくにアメリカ人観客の怒りを喚起して後半のカタルシスを高める意図があると思われるが、本作の文脈からはやや唐突な印象が拭えない。日本国内には当該の日本軍の奇襲攻撃を正当化しようと試みる者がいるのは確かではあるが、そういう思想をキャラクターの悪行として持ち出し、その上で人種的ステレオタイプを排除するには、説明が足りなすぎる印象があるのは確かだ。これをやるのであれば、ハワイにおけるアジア系の貢献や葛藤なども紹介する必要があったのではないか。
だが、ハワイという地がそうであるように、本作にさまざまな文化圏からの価値観が結集したことで、従来のアメリカ映画の規格をはみ出すような、独自の魅力が本作『レッキング・クルー』に生まれていることも、また確かなことだ。周縁からの目線。国際的な価値観。現代のアメリカ映画がそれらへの感度を一段深め、筋肉が乱舞する娯楽アクション映画であっても、いま語るべき何かを語ろうとする姿勢には、現実の社会における変革を期待させるものがある。
■配信情報
Prime Original『レッキング・クルー』
Prime Videoにて配信中
監督:アンヘル・マヌエル・ソト
出演:デイヴ・バウティスタ、ジェイソン・モモア、クレス・バング、テムエラ・モリソン、ジェイコブ・バタロン、フランキー・アダムズ、MIYAVI、スティーヴン・ルート、モリーナ・バッカリン
提供:Amazon MGM Studios
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