『ばけばけ』円井わん「別世界だった」が切ない 笑いの中にリアルを描く巧みな作劇

『ばけばけ』サワの「別世界だった」が切ない

 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』第74話は、ヘブン(トミー・バストウ)が予定の時間になっても戻らなかったことをきっかけに、トキ(髙石あかり)の不安が一気に膨らんでいく回だった。その不安は、夫婦のすれ違いにとどまらない。それは、サワ(円井わん)が感じた、トキとのあいだに感じた、暮らしや金銭感覚の隔たりにもつながっていく。前半は勘違いが連鎖するコメディとしてテンポよく進むが、後半になるほど、トキの暮らしが周囲からどう見えているのかがはっきりしてきて、引っかかりが残る構成になっていた。

 発端は、予定があるはずのヘブンが帰ってこないこと。ヘブン専用車夫・永見(大西信満)から「山橋薬舗にいるらしい」と聞いたトキは、胸騒ぎを抱えたまま店へ向かう。だが、店内にいたのは山橋(柄本時生)だけで、ヘブンの姿はない。がらんどうな店で、山橋は「カッコーカッコー」とふざけてみせる。その軽さが妙に引っかかるのに、痕跡らしい痕跡は見つからない。ヘブンはどこへ消えたのか。トキの不安だけが残る。

 家に戻ったトキを、司之介(岡部たかし)とフミ(池脇千鶴)が励ます。そこで司之介は、冗談めかしながらもほかの人と口づけをしているんじゃないかと口にしてしまう。もちろんいつものなんてことない冗談だ。けれど、その一言は、ただでさえ不安でいっぱいだったトキの胸にストンと落ちてしまう。打ち消したいのに、いったん浮かんだ疑いが頭から離れない。言葉ひとつで想像が膨らみ、自分で自分を追い詰めてしまうところが、いかにもトキらしい。

 ところが、ヘブンは遅い時間になっても何事もなかったように帰ってくる。探し回って不安を膨らませていたトキだけが肩すかしを食らい、「さっきまでの心配は何だったのか」と力が抜けてしまう。そんな中で笑いに変わってしまうのが、トキの空回りだ。司之介が口づけを拒むのは、ほかでしているからじゃないかと言った言葉が頭から離れず、トキは家にあったパイナップルを相手に、こっそり口づけの練習をしていたのである。しかも、その決定的な場面をフミに見られてしまう。夫が帰ってこない不安から始まった騒ぎが、最後は気まずいコメディに着地する。この軽さの裏に、トキの焦りや自信のなさが透けて見えるのが、『ばけばけ』らしい。

 夜が明けると、サワがトキのもとを訪ねてくる。上等な家に住み、女中もいて、いまのトキはサワの目に「もう悩むことなんてない人」に見えてしまうのだろう。サワがそう口にすると、トキはすぐに「そんなことない」と否定する。けれど、その直後に起きた出来事が、ふたりの距離をはっきり見せてしまう。借金取りの森山(前原瑞樹)が押しかけてきたのだ。フミは慌てるでもなく、100円を差し出す。ヘブンが「借金は早く返したほうがいい」と考えて用意していた金だという。対応としては正しい。筋も通っている。だが、サワの目には困ったらすぐ100円を出せる暮らしに映ってしまう。トキが「悩みはある」と言っても、その悩みの種類がもう自分とは違う。サワの表情が曇っていくのは、そこに気づいてしまったからだった。

 サワが漏らしたのは「何か別世界だった」というひと言。サワにとって、いまのトキは悩みがある/ないではなく、そもそも暮らしの土台が違う場所に立っている。トキ自身は変わらないつもりでも、住む家や周りの空気が変われば、同じ言葉でも届き方が変わってしまう。ここで描かれたのは、恋のすれ違いだけではない。生活の差が、静かに人と人の間に線を引いてしまう感覚だった。

 そんな中で、トキはヘブンが山橋薬舗へ入っていく姿を目撃する。すぐに追いかけるが、山橋はいつも通りヘブンはいないととぼけてみせる。けれど、トキはそこで引き下がらない。山橋の服についた赤い痕が、明らかにおかしかったからだ。さっきまでの気まずい笑いとは違う、ぞくりとする違和感。トキは山橋を押しのけ、奥の部屋へ踏み込んでいく。そして、そこにいたのはヘブンだった。

 ヘブンは何を隠しているのか。山橋は何をかばっているのか。トキが踏み込んでしまったことで、秘密がいよいよ動き出しそうなところで幕を閉じ、この先の展開をはっきりと気にさせる終わり方だった。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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