『ダウントン・アビー』ついに完結! “グランドフィナーレ”の魅力をダウントニアンが熱弁

テレビドラマ6シーズン全52話と映画2作によって紡がれてきた『ダウントン・アビー』が映画第3作目となる『ダウントン・アビー/グランドフィナーレ』をもって完結する。
2010年、イギリスでテレビ放送がスタートすると同時に「ダウントニアン」旋風を巻き起こし、ゴールデングローブ賞やエミー賞をはじめ、数々の賞に輝いた本シリーズ。ここではこれまでの物語を振り返りながら、自らも「ダウントニアン」の一員である筆者が作品の魅力について語っていきたい。
『ダウントン・アビー』の舞台は20世紀初頭のイギリス・ヨークシャー地方。壮麗な屋敷に暮らし、地所を運営する当主・グランサム伯爵(ヒュー・ボネヴィル)及びクローリー家と彼らに仕える使用人たちのドラマが展開する。
物語のはじまりは1912年、タイタニック号沈没のニュースだった。なぜこの事故がクローリー家にとって非常に大きな出来事だったかというと、当時の英国貴族は「限嗣相続(げんしそうぞく)」制により、女性は爵位も財産も相続することができなかったから。グランサム伯爵には息子がおらず、長女・メアリー(ミシェル・ドッカリー)が遠い親戚と結婚することで問題を解決しようとしていたのだが、その婚約者・パトリックがタイタニック号の事故で没してしまう。そこで伯爵は新たな相続人としてさらに遠い親戚である中流階級の弁護士・マシュー(ダン・スティーヴンス)とその母・元看護師のイザベル(ペネロープ・ウィルトン)をダウントン村へと呼び寄せた。
ここでメアリーとマシューが出会った瞬間恋に落ち、ふたりがスっと結婚して男児が生まれればクローリー家はしばらく安泰なのだが、それではドラマにならない。ということで、あの大事故を発端に、20世紀初頭の“英国版『渡る世間は鬼ばかり』”の世界が、個性豊かな登場人物たちによって展開するわけだ。
美貌と勝気な性格を宿したメアリーのさまざまな恋愛沙汰や華やかな姉にコンプレックスを抱く次女・イーディス(ローラ・カーマイケル)の選択、自立心旺盛な三女のシビル(ジェシカ・ブラウン・フィンドレイ)とクローリー家の運転手・トム(アレン・リーチ)との身分違いの恋の顛末に加え、厳格な執事・カーソン(ジム・カーター)や自らの性的指向を受け容れきれないバロー(ロブ・ジェームズ=コリアー)、暗い過去がありそうなベイツ(ブレンダン・コイル)と彼に心を寄せるメイドのアンナ(ジョアン・フロガット)など使用人たちの人間模様も紡がれるのだが、なんせ約20年間にわたる“英国版『渡鬼』”である。逮捕される者、屋敷を去る者もいたし、メアリーの寝室に忍んできた外交官が発作で死んでしまったり、伯爵が財産を失ったり、療養所の覇権争いがあったりとそれはもうてんやわんや。もちろん、恋愛ネタも山盛りである。
ドラマシリーズに続いて公開された映画第1作目の『ダウントン・アビー』では、ダウントンに国王夫妻が訪れるエピソード、映画2作目の『ダウントン・アビー/新たなる時代へ』ではダウントンでの映画撮影によるあれこれと、伯爵の母・バイオレット(マギー・スミス)が古い知人から南フランスの別荘を遺されるビター&スイートなストーリーが紡がれた。
ここまででそのニュアンスが少しでも伝わっていれば幸いなのだが『ダウントン・アビー』最大の魅力は、この作品群が完璧な群像劇である点だ。
貴族、使用人、中流階級の人々それぞれの人生が皆どこかで絡み合い、そこには100%の善人も悪意だけで動く人物も存在しない。だからこそ、クセが強めのキャラクターも人間臭くて愛おしい。その大前提に加え、第一次世界大戦やアイルランドの独立運動、流行病のスペイン風邪、労働者階級の地位向上など20世紀初頭のイギリスの状況が魅力的なキャラクターたちの人生に影響を与え、都度ドラマは大きくうねっていく。明確な主人公はおらず、登場人物全員が主人公、それが『ダウントン・アビー』なのだ。






















