『パプリカ』が予言した現代の混沌 フェイクニュース時代の今こそ観るべき今敏の遺作

アニメーション作品における「百鬼夜行」といえば、『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)を想起させる。この百鬼夜行が、山を切り崩し狸の生活圏を脅かしたニュータウンを襲うように、そこでは失われゆく自然や郷愁を呼び起こすかたちでの抵抗が表現されていた。しかし『パプリカ』のそれは、むしろパレード自体が狂奔する日本社会そのものとして映し出されている。
パレードに並ぶのは、鳥居やフランス人形、家具や家電製品、招き猫や電信柱、達磨や自由の女神などなど、かつてそれぞれに意味を持ち役割を果たしてきた物たちだ。ここでは、そんな数々の物が加速し続ける大量消費社会のなかで、次々に使い潰され捨てられていくサイクルを表現しているように感じられる。
さらに、権力者のポストをめぐりスーツ姿の老人たちが醜い争いをしていたり、制服を着た女子高生のスカートを撮影しようとする携帯電話のイメージが差し挟まれるように、経済中心主義の奔流のなかで人々が狂態を繰り広げていくさまが展開していくのだ。ここでなぜ、日本社会の風刺が現れるのかといえば、一つにはフロイト風に、夢のなかでは欲望の姿がまざまざと表れるという考え方があるからだろう。
また同時に、これが大勢の人々の意識と連結しているからでもある。ユングは、フロイトが個人の経験や抑圧された願望に着目したのに対して、個々人の無意識のさらに深い場所に「集合的無意識」という領域があることを提唱した。そこには、人々が無意識的に共有するイメージが存在しているのだという。これは、ユングが認知を歪めてしまった患者の治療のなかで、文化や時代が異なる人々が、なぜか似通ったイメージを持つ夢を見ることから類推した構図である。本作のパレードは、そんな層において無数の人々の夢が繋がっていく表現でもある。
作中で精神医療総合研究所の所長である島が、こういったイメージを強く植え込まれ、覚醒した状態にあるにもかかわらず、会話のなかで徐々に不可解な言葉を喋り出し、急速に支離滅裂な言動を繰り返すようになる描写は、戦慄をおぼえる演出だ。そういった事件を引き金にした混沌を収めるのが、パプリカということになる。ユングは、精神的な治療において、しばしば神話的な象徴の助けを借りている。その役割を、敦子の手を離れ肥大していく女性のイメージであるパプリカが請け負っているのは、きわめて論理的だ。
そのように考えれば、本作の登場人物に共有される巨大な夢は、人々の集合意識に連なるイメージの世界であって、暴走する社会の価値観を無意識的に享受してしまっているという問題意識の表れであるととらえられる。そしてパプリカは、その肥大した無意識を神話的な象徴として飲み込み、秩序を与える存在として描かれる。夢の話が、社会の問題解決へと拡大される。見事に整理された世界観である。
個人の夢、集団の夢、共同体の夢の暴走……。これは、「フェイクニュース」やカルト的な思想、歴史認識や歪んだ社会観を集団的に共有することが大きな社会問題となり、さまざまな意味で世界規模の危機を引き起こすようになった現代でこそ、より肌感覚で理解しやすく、シリアスに受け止められるようになった問題意識ではないだろうか。そしてその問題や荒唐無稽な幻想が、個々人の欲望によって支えられている本作の構図は、現在にそのまま利用できる。
パプリカがそうした個人の欲望を解きほぐし、粉川刑事の問題を解決したように、そして千葉敦子が自分の気持ちに正直になることを促したように、一人ひとりが自身の問題に向き合い、論理的に欲望に対峙することができれば、無意識下で肥大して起こる、現実の多くの問題への解決の糸口となるのかもしれないのである。本作『パプリカ』は、そういった意味においても、現在観られるべき作品だということは間違いないだろう。
■公開情報
『パプリカ』4Kリマスター版
全国公開中
出演:林原めぐみ、江守徹、堀勝之祐、古谷徹ほか
監督:今敏
原作:筒井康隆
脚本:水上清資、今敏
製作:マッドハウス、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
アニメーション制作:マッドハウス
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
2006年/日本/90分/G
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