『パプリカ』実写化する上での大事なポイントは? 筒井康隆×今敏の圧倒的な一作を紐解く

『パプリカ』実写化のポイントは?

 米アマゾン・スタジオが、筒井康隆のSF小説『パプリカ』(新潮社)を実写でドラマ化するというニュースが2022年8月に報じられた。この実写ドラマ版の監督には、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』(2020年)のキャシー・ヤンの名が挙がっている。小説『パプリカ』は2006年に今敏監督によってアニメ映画化され、配給元のソニー・ピクチャーズが翌年にアメリカでも劇場公開したことから、多くの海外マーケットで絶賛された作品である。そもそも『パプリカ』とはどんな作品なのか? どこかで映画のタイトルを聞いたり、目にしたことがあっても、本編は観たことがないという人のために、大まかな概要を紹介しておこう。

 精神医学の技術が高度に発達した近未来、DCミニと呼ばれる小型端末で精神治療をするセラピストの千葉敦子は、夢探偵パプリカという別の顔を持っていた。パプリカはDCミニを介して他人の夢の中に入り、鬱病や精神的ストレスの原因を探るサイコセラピーを行っている。そんなある日、敦子が勤務する研究所からDCミニが盗み出された。所長の島寅太郎は内部の者の犯行を疑うが、その直後に島はDCミニを悪用した夢の中に取り込まれておかしくなってしまう。パプリカの活躍で悪夢の世界から現実に引き戻された島は、DCミニを開発した科学者・時田浩作や敦子らと共に、被害拡大の阻止に奔走する。

 才色兼備でクールな眼鏡美女の敦子が、DCミニを使って患者の夢の中に入る時は、赤毛で陽気な少女パプリカになるという、見た目も性格も全く違う人物に変わる描き分け方が面白い。ガラスに反射する敦子の姿がパプリカとなり、そのパプリカが敦子に助言を与える場面などは、2人が別人格を持った他人同士のように見える。だが、靴を脱いで廊下を疾走する敦子が次第にパプリカの姿に変化したり、車を走らせるパプリカの横顔が一瞬で敦子になる演出を随所に挿入することで、千葉敦子と夢探偵パプリカが同一の存在であることが映像を通して観客に刷り込まれて行く。それはまるでコインの表と裏のような関係だ。こういった映像のマジックでキャラクターの切り替えを巧みに変えるだけでなく、『パプリカ』には今 敏の映画愛がこれでもかと盛りつけられているのも見逃せない。そしてこの映画愛の要素は原作小説にはないのだ。

 映画冒頭でパプリカからサイコセラピーを受けている男性刑事の粉川利美。彼は島所長の友人であり、島からの紹介でパプリカの治療を受けている。粉川が見る夢は『ターザン』や『ローマの休日』の名場面に自分が入り込んでいる脈絡のない内容だが、いろいろな映画のパッチワークの中を渡り歩いていることは分かる。だが目覚めた粉川は「映画は嫌いだ」とパプリカに告げる。そんな粉川の夢に度々出てくる、はっきりと顔が見えない“あいつ”とは誰なのか。粉川利美は原作小説にも登場する男だが、彼にまつわる細やかな設定のほとんどは映画オリジナルのものだ。彼が映画の夢ばかりを見るのはなぜか? ”あいつ”の正体は? などが明確になってくる終盤、そして今 敏の映画愛が詰め込まれた粋なラストシーンと、本編を締めくくる粉川の最後の台詞。このあたりのアレンジぶりは、原作既読派の人が観ても楽しめる内容に仕上がっているだろう。

 『パプリカ』がアニメ映画として大変優れている点は、DCミニを悪用して他人を悪夢の中に誘う、そのビジュアルの洪水にも見て取れる。神社の鳥居、バス停の標識、無数の人形、鬼瓦、筒状の赤いポストなどが生き物のようにグニャグニャとゆらめき踊りながら、列をなしてパレードを続けている。なぜ悪夢をパレードという形式で描いているのかに関しては、今敏公式サイト「KON'S TONE」の中に残されたインタビューで触れられているのだが、他の映画や漫画などで見られるダークなイメージではなく、晴れやか過ぎて却って気色が悪いという悪夢を考えていたという。(※1)

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