『ばけばけ』トキをなぜ怪談が好きな設定にしたのか フィクションがもたらす癒やしの意義

また、本作を観て一番印象に残るのは、明治時代を表現した薄暗い映像だ。今のテレビドラマで主流の色合いがはっきりとした鮮明な映像ではなく、光も闇も霧に包まれているかのようなぼんやりとした明るさで本作の映像は撮られている。
特に夜の映像は、ぼんやりとした暗闇の中で何かが息を潜め、トキたちを見ているかのような感触があり、その豊かな暗闇が幽霊や妖怪の存在を信じられたあの時代の説得力へとつながっている。

劇中にはトキとヘブンを見守る存在として阿佐ヶ谷姉妹が声を担当する蛇と蛙が登場する。蛇と蛙が喋る荒唐無稽な場面に違和感がないのは、この薄ぼんやりとした暗闇の中で起きていることだからだ。
おそらく本作は、ヘブンとトキの物語だけでなく、妖怪や幽霊の存在が信じられた時代の空気を描こうとしているのだろう。
劇中ではトキが、怪談の舞台となった場所を訪れて喜ぶ姿が繰り返し描かれる。現代風に言うと聖地巡礼だ。なぜトキが怪談をそこまで好きなのか、放送前はよくわからなかったが、自分をとりまく環境があまりにも過酷で救いがない彼女にとって、現実の外側にある異界に触れること、それ自体が救いなのだろう。
『僕達はまだその星の校則を知らない』(カンテレ・フジテレビ系)、『いつか、無重力の宙で』(NHK総合)、『フェイクマミー』(TBS系)といった近年のテレビドラマでは「宇宙」が大きなモチーフとして登場する。

宇宙をめぐる対話は、息苦しい現実を相対化するやりとりとして魅力的に描かれており、人間社会の外側に別の法則で動く世界があること、それ自体が一つの救いとなっていた。
遥か上空に存在する人間社会の外側の領域が宇宙だとすれば『ばけばけ』で描かれる怪談の世界は、人間社会のすぐ隣にある身近な異界である。
怪談に触れることでトキは、辛い現実から少しの間だけ自由になれる。それはおそらく私たちが、フィクションに触れる時に感じている少しだけラクになる感覚と地続きなのだろう。
そして、この『ばけばけ』も、現代の私たちを癒す過去という異界を描く朝ドラとなっていくのではないかと思う。
■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK






















