『ペリリュー』に原作者・武田一義が込めた思いとは 「虚構と事実を意識しなければ」

第38回東京国際映画祭のアニメーション部門 シンポジウム「『桃太郎海の神兵』から『ペリリュー ー楽園のゲルニカー』まで、国産アニメーションは戦争をいかに描いたか」が実施され、映画『ペリリュー ー楽園のゲルニカー』の原作者であり共同脚本を務めた武田一義が登壇した。
終戦80年の節目である2025年に公開される本作は、太平洋戦争中、すでに日本の戦局が悪化していた昭和19年9月15日からはじまった「ペリリュー島の戦い」と、終戦を知らず2年間潜伏し、最後まで生き残った34人の兵士たちを描いたアニメーション映画。『ヤングアニマル』(白泉社)で連載され、第46回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞した武田一義による同名漫画が原作となる。心優しい漫画家志望の主人公・田丸均役で板垣李光人が主演を務め、田丸の頼れる相棒・吉敷佳助を中村倫也が演じる。
太平洋戦争末期の昭和19年、南国の美しい島・ペリリュー島。そこに、21歳の日本兵士・田丸はいた。漫画家志望の田丸は、その才を買われ、特別な任務を命じられる。それは亡くなった仲間の最期の勇姿を遺族に向けて書き記す「功績係」という仕事だった。9月15日、米軍におけるペリリュー島攻撃が始まる。襲いかかるのは4万人以上の米軍の精鋭たち。対する日本軍は1万人。繰り返される砲爆撃に鳴りやまない銃声、脳裏にこびりついて離れない兵士たちの悲痛な叫び。隣にいた仲間が一瞬で亡くなり、いつ死ぬかわからない極限状況の中で耐えがたい飢えや渇き、伝染病にも襲われる。日本軍は次第に追い詰められ、玉砕すらも禁じられ、苦し紛れの時間稼ぎで満身創痍のまま持久戦を強いられていく。田丸は正しいことが何か分からないまま、仲間の死を、時に嘘を交えて美談に仕立てる。そんな彼の支えとなったのは、同期ながら頼れる上等兵・吉敷だった。2人は共に励まし合い、苦悩を分かち合いながら、特別な絆を育んでいく。最後まで生き残った日本兵はわずか34人。過酷で残酷な世界でなんとか懸命に生きようとした田丸と吉敷。若き兵士2人が狂気の戦場で見たものとは。
『ペリリュー ー楽園のゲルニカー』の原作者であり共同脚本を務めた武田と『戦争と日本アニメ『桃太郎海の神兵』とは何だったのか』の編著を務めた堀ひかり(東洋大学 文学部国際文化コミュニケーション学科 准教授)、佐野明子(同志社大学文化情報学部准教授)が登壇。国産アニメーションと戦争の関係についての議論が交わされる中で武田一義が本作に込めた想いを語った。
冒頭、アニメーション部門プログラミングアドバイザーの藤津亮太から原作の制作経緯を問われた武田は、今から10年前、終戦70年の際に当時の天皇皇后両陛下(現上皇・上皇后)がペリリュー島に慰霊で訪れたという報道を見て「皇室の方々が行かれる場所なのに自分は知らなかった」というところからペリリュー島の戦いについて興味を持ったこと、またペリリュー島の戦史研究家の平塚柾緒に実際に取材を行った際、そこで語られた兵士たちの姿は自分が抱いていたイメージと異なり、ごくごく普通の若者であり、この普通の若者たちが戦場にいたという「ありのままの姿」を描きたいと考えたこと執筆のきっかけだったと語った。
原作はかわいらしいタッチでありながら戦争が日常であるという狂気を描いていており、そのギャップが話題に上がるが、愛らしい3頭身のキャラクターデザインと悲惨な戦争描写の兼ね合いの難しさを聞かれると、3頭身のキャラクターに銃を持たせるなどのデザイン上のテクニカルな難しさを認めるも、かわいらしく愛おしいキャラクターデザインは読者の心が少しでも楽になるよう、また「読みたい面白い漫画」としてエンタメ作品である上での重要な要素であったと語った。
次に本作を史実に基づきながらもフィクションとして描くという判断に至った経緯について問われると、実在の人物をモデルにしたドキュメンタリーとフィクションのどちらにするか悩んだことを明かしつつ、最終的にフィクションを選んだのは平塚に「ドキュメンタリーでは名誉を守るためにあえて書かないこともあるが、フィクションであれば、架空のキャラクターとして書けるかもしれない」と助言されたことが大きいと語った。
戦場に立つ人間には、善人も悪人も、真面目な人も不真面目な人もいる多様な姿があったはず。そうした多様な人々が戦場でどのような行動をとるのかを描く上でフィクションは不可欠だったと話した。この発言を受けて、堀は「ドキュメンタリーには名誉や個人の感情を守るための制約がありますが、フィクションには真実に迫る力があると感じました。特に漫画『ペリリュー』では、アメリカ兵の物語も描かれており、戦場に多様な人々が集まったという事実を、フィクションを通して提示しています」と語り、佐野は「あらゆる映画はフィクションであると言えるため、観客はフィクションか否かというよりも、引き込まれる作品かどうかで見ています。『ペリリュー』のような身近な設定のフィクションは、老若男女が感情移入しやすく、多くの人に見てほしい作品です」と評した。
また、主人公の田丸が担う「功績係」は、仲間の最期を勇姿として手紙に書き記すものであるが、武田は、戦死者が実際には不名誉な最期であったとしても家族に「英雄として戦死した」という虚構の物語を伝えることもある役割であると話し、この設定について戦争を知らない私たちが戦争の事実を知っていく過程で、虚構と事実を意識しなければならないということを読者に提示するために掲げたものだと、熱い想いを語った。そして、アニメ映画化に伴い、ありのままの戦場を描くことにこだわったことにも言及。爆発が起きた時、銃に撃たれ弾が当たった時、人間の身に何が起きてしまい、どう壊れてしまうのか。アニメーション映画のレギュレーションの中で表現の難しさを感じつつも、ありのままの描写に近づけようとする姿勢、特に兵器が人体を破壊するさまをきちんと描くということは、監督や制作陣と共に強く念頭に置いて取り組んだと明かした。
シンポジウム後半では『桃太郎海の神兵』について堀、佐野より学術的な発表が行われ、制作の背景から映画の構成並びに作品が持つ独創性に言及した。当時の反響も紹介される中で、手塚治虫の感想も紹介され、「戦争」が今後どのようにメディアで描かれ、どのように人々に受け取られるかは個人の受け取り方に依存するという活発な議論が行われた。
最後は参加者からの質問に3名が答え、拍手喝采が巻き起こる中でシンポジウムは終了。終戦80年に本シンポジウムが実施された意義を会場全体が改めて深く感じ、映画『ペリリュー ー楽園のゲルニカー』公開への期待が膨らむ締めくくりとなった。


■公開情報
『ペリリュー ー楽園のゲルニカー』
12月5日(金)全国公開
キャスト:板垣李光人、中村倫也、天野宏郷、藤井雄太、茂木たかまさ、三上瑛士
原作:武田一義『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』(白泉社・ヤングアニマルコミックス)監督:久慈悟郎
脚本:西村ジュンジ・武田一義
キャラクターデザイン・総作画監督:中森良治
プロップデザイン:岩畑剛一、鈴木典孝
メカニックデザイン:神菊薫
美術設定:中島美佳、猿谷勝己(スタジオMAO)
コンセプトボード:益城貴昌、竹田悠介(Bamboo)
美術監督:岩谷邦子、加藤浩、坂上裕文(ととにゃん)
色彩設計:渡辺亜紀、長谷川一美(スタジオ・トイズ)
撮影監督:五十嵐慎一(スタジオトゥインクル)
3DCG監督:中野哲也(GEMBA)、髙橋慎一郎(STUDIOカチューシャ)
編集:小島俊彦(岡安プロモーション)
考証:鈴木貴昭
音響監督:横田知加子
音響制作:HALF H•P STUDIO
音楽:川井憲次
制作:シンエイ動画 × 冨嶽
配給:東映
©武田一義・白泉社/2025「ペリリュー ー楽園のゲルニカー」製作委員会
公式サイト:https://peleliu-movie.jp/
公式X(旧Twitter):@peleliu_movie
公式Instagram:peleliu_movie
公式TikTok:@peleliu_movie






















