『トロン:アレス』を映画館で“体感”せよ 圧倒的な映像体験と音楽がもたらすメッセージ

しかしその懸念を、本作は驚くような方法で乗り越えようとする。その一つは、音楽面での挑戦だ。ダフト・パンクが音楽を担当した前作『トロン:レガシー』に続き、本作『トロン:アレス』で音楽を手がけたのは、トレント・レズナーとアッティカス・ロス。『ソーシャル・ネットワーク』(2010年)や『ソウルフル・ワールド』(2020年)など、数々の映画音楽を生み出してきた2人は、今回なんと伝説的バンド「ナイン・インチ・ネイルズ(NIN)」名義として参加している。つまり、事実上のNINの新作が本作で展開されているということになるのだ。
デジタル・ビート・ノイズと、ときおり囁きのようにも咆哮のようにも聴こえる歌声が響いてくる。水上での意表を突いた逃走シーンで鳴り響く楽曲に代表されるように、そのサウンドはNINとしての“オーラ”が放たれているように感じられる。しかしなぜ、本作で彼らはNINになることが必要だったのだろうか。
それは、NINというバンドが、インダストリアル・ロックとして機械的なノイズや歪んだギターサウンドやシンセサイザーに、激しい情動的な歌声を乗せていくことにより、テクノロジーと人間性の衝突を、ある種の“怒り”とともに、ダークなエネルギーによって表現していたという特徴があったからではないか。
NINの印象的な活躍期といえば、やはり1990年代。その頃、最前線に立つロックバンドが直面していたのは、反逆精神や音楽のなかの“魂”までもが、ビジネスとして商業性に取り込まれていく状況だった。1980年代にポップカルチャーを大企業が大量生産化するという、きわめて自覚的なビジネスの構築があり、反逆の象徴であるロックもまた、その例に漏れなかった部分がある。搾取への反逆自体をも、また搾取されるという矛盾。NINの怒りと自己の不安が託された音楽性は、そういった業界そのものに向けられていたところがあると考えられる。
それはある意味で、アレスという兵士に生まれた奇跡のような“人間的感情”が、ディリンジャー社によって押しつぶされ、自主性が奪われ利用され続けるといった、本作の悲劇的な構図そのものともいえないだろうか。つまりここでは、とくにNINが持っていた“システムへの怒り”と、“本来の自分を取り戻したい”という情熱こそが重要だったということなのだろう。われわれ観客は、そんなNINの音楽を通し、本作に共通するテーマ自体を、セリフでも文字でもなく、音楽として“体感”するのである。
アレスの自我の芽生えは、彼自身が劇中で語るように、1980年代に大きく注目を浴びたバンド「デペッシュ・モード」への好意によっても示されている。このバンドは、「クラフトワーク」などの電子系音楽の流行によって登場しながら、逆に人間的な温かみや感情を表現しようとする音楽性が特徴的だ。そういった音楽性はやがてNINにも受け継がれていくことになるが、“電子音のなかで生まれる人間性”という部分は、やはりアレスの物語に寄り添うものだ。
アレスのように、人間によって生み出された存在や、情報のなかから発生した存在が、やがて自我を持ち、悩み、人間の目的とは異なる道を進もうとする構図は、『ブレードランナー』(1982年)のレプリカントや、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995年)の人形使い、『マトリックス』シリーズのエージェント・スミス、『トイ・ストーリー4』(2019年)などでも描かれてきた。アレスという存在は、その“最新版”といえる。
そんなアレスを演じるのは、公私ともにエキセントリックな俳優ジャレッド・レトだ。『スーサイド・スクワッド』(2016年)のジョーカーや、特殊メイクで風貌を変えた『ハウス・オブ・グッチ』(2021年)の役柄など、とくに近年はエキセントリックな仕事をしている。今回も、AI兵士が次第に人間らしくなっていくという難しい演技をこなしている。そして何より、今回のレトは、いつになくピュアで“爽やか”なところに注目したい。
そして、ドラマシリーズ『ロシアン・ドール:謎のタイムループ』の主人公の友人役でブレイクし、『パスト ライブス/再会』(2023年)でゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞したグレタ・リー。彼女のバイクに颯爽とまたがる勇姿や、家族への愛情を示す、豪快さと繊細さの幅を持った演技も見どころとなっている。リーの演じるイヴ・キムは、演じる本人と同じく韓国系だと考えられるが、アジア系の女性が世界的な企業を引っ張るという描写は、時代の進歩を実感する部分である。
この2人の役柄が体現するのが、技術革新が照らし出す“希望”である。本作の大きな特徴は、前述した通り、デジタルの存在が現実に浸食してくるという脅威だ。こういった不安は、現在のわれわれの生活の変化にも関係している。最近のデジタル革命といえば、AI技術の普及。いまや、一般の人々がAIと気軽に会話し、相談し、ことによっては親近感をおぼえたり恋愛感情が芽生える人もいる。
そこから得られる実感というのは、まさに本作が描いたような、“デジタル世界の存在が現実世界に飛び出した”ようなものに近いのではないだろうか。そんな革新により、利便性が高まるという利益を多くの人々が得るのと同時に、AIに従来の職や仕事を奪われる懸念や、依存を深めてしまったり暴走するのではないかという不安が絶えず漂っている。劇中に登場する、知恵や戦術を司る女神の名を持つAI兵士・アテナ(ジョディ・ターナー=スミス)は、そんな懸念が実体化したような、手強い存在だ。
イヴとアレス、ジュリアンとアテナがぶつかり合う大規模なスペクタクルは、バトルを超えた、人間性と非人間性の戦いでもある。そこにさらに投影されているのは、デジタルの影響力が現実世界に波及し続ける現実のなかで、“人間性”こそが不安を乗り越え、テクノロジーを味方につける鍵になるという、力強いメッセージなのではないか。
そしてこのテーマは、視覚や聴覚によって本作を楽しみ、劇中で人間性を獲得していくアレスのように、“感じる”ことで自然に伝わってくるものなのである。そこが、本作『トロン:アレス』の大きな挑戦であり達成だといえるだろう。
■公開情報
『トロン:アレス』
全国公開中
出演:ジャレッド・レト
監督:ヨアヒム・ローニング
原題:『Tron: Ares』
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2025 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
公式サイト:https://www.disney.co.jp/movie/tron-ares


























