『あんぱん』は“推し活”によって救われる物語 今田美桜演じるのぶは視聴者の分身だった

『あんぱん』は“推し活”によって救わる物語

 2025年度前期NHK連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『あんぱん』が最終回を迎えた。

 本作は、『アンパンマン』の作者として知られる作家・やなせたかしとその妻・小松暢をモデルにした柳井嵩(北村匠海)とのぶ(今田美桜)の物語。

 第1話冒頭では、アンパンマンを描く嵩の「正義は簡単にひっくり返ってしまうことがある。じゃあ、決してひっくり返らない正義って何だろう? お腹を空かせて困っている人がいたら、ひと切れのパンを届けてあげることだ」というモノローグが流れ、物語は2人の幼少期へと遡っていく。


 この冒頭の場面を観て、『あんぱん』は前半で、自分たちが信じた戦前の日本の正義が簡単にひっくり返ってしまう様子を描き、後半では決してひっくり返らない正義としての『アンパンマン』を嵩とのぶが見つける物語になるのだろうと思った。

 その予想は概ね当たっていたが、想像を超えていた部分も多かった。それはのぶの描き方だ。

 幼少期ののぶは走るのが早いため「ハチキンおのぶ」と呼ばれていた。男勝りの性格で、高等女学校5年の時に参加したパン食い競争では、男たちを追い抜いて1位となった。

 彼女のような強くて優しい前向きな女性は、近年の朝ドラでは珍しくなった正統派ヒロインという印象で、今田美桜の持つ華やかな存在感とシンクロしていた。

 しかし、教師になるために女子師範学校に入学すると、のぶの印象は変わっていく。女子師範学校で愛国教育をのぶは叩き込まれるのだが、はじめは「お国のために」という愛国心を素直に受け入れることができずにいた。だが、兵士たちの慰問袋を作る活動が新聞に取り上げられ「愛国の鑑」と称えられるようになると気持ちは変化。そして、小学校の教師になると子供たちに軍国教育を施すようになり、戦時下の空気に染まっていく。

 こう書くとのぶが闇落ちして悪のヒロインになったように聞こえるかもしれないが、劇中ののぶは正統派・朝ドラヒロインのまま「愛国の鑑」となっていく。これが本作の恐ろしさだ。

 近年はだいぶ中立的になっているが、朝ドラのヒロインは、戦後民主主義の理想を体現する存在として描かれる機会が多く、戦時下の空気に対して反発する存在として描かれてきた。

 しかし、のぶは朝ドラヒロインとしての明るい佇まいを残したまま愛国心に目覚め、教師として軍国主義に加担する。その意味で『あんぱん』の前半は、加害者としての朝ドラヒロインを描こうとしていたと言える。

 そんな彼女が戦争に加担した責任と、どう向き合っていくかが戦後編の見どころだった。
教師を辞めた彼女は新聞社の記者に採用され、すぐに実力を発揮する。そして、仕事で知り合った代議士・蒔鉄子(戸田恵子)に誘われて事務補助員となり、やがて秘書となる。のぶは次々と成功し、彼女が優秀なことが伝わってくるのだが、のぶ自身は満足していなかったようだ。やがて秘書も辞めてしまい、その後、就職した会社も解雇されてしまう。


 次第にのぶの立場は、夫となった嵩を支える妻へと変わっていくのだが、そんな彼女が「うちは何者にもなれんかった」と心情を吐露する第105話は衝撃だった。

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる