劇場版『チェンソーマン レゼ篇』支配の中で育まれた“呪い” 結末が示唆するレゼの真意とは

『チェンソーマン』切ないレゼの真意を解説

“恋に落ちて死んだ”

 彼らが忍び込んだ学校の廊下に印象的に飾られていた絵画「ダフニスとクロエ」のように、孤独な少年少女が出会って恋に落ちるこの物語を牽引してきたのは、レゼの無自覚的なデンジへの想いだった。彼はこれまでも複数の悪魔や刺客から心臓を狙われており、本人も辟易としている。しかし、心臓を狙ってくる奴らはみんな彼を「チェンソー」などと呼ぶのに対し、レゼはボムの姿になっても「デンジくんの心臓貰うね」と、一貫してデンジの名前を呼び続けていたのだ。

 彼女はずっとデンジの心を求めていた。それが課せられた任務だと思っていても、本人にさえなぜ出会い頭に殺さなかったのか説明がつけられない。レゼの境遇を考えると、男の子から花を貰ったことも初めてだったのではないだろうか。デンジから受け取った瞬間、彼女が嬉しそうにその一輪を持つカットが印象的だが、その瞬間デンジからの想いを示していたはずの白いガーベラは、彼女の想いを表すものにもなっていたのだとしたら。

 そんな少女の頭上を劇中に2度、飛行機が飛ぶ。これも原作にはない描写だ。一度は屋上で殺人鬼を殺した際とても近い距離を飛行機が飛ぶ。これから着陸しそうなその飛行機は“入国”を意味し、なぜこの国に来たのか、その理由を彼女に思い出させるようなものとして機能していた。一方、浜辺で空を見上げた時に通過する二度目の飛行機は高い位置にあり、“出国”を思わせるのだ。「どこか2人で別の場所に逃げよう」そんな希望を意味するかのように。

 しかし、そんな夢想も叶わず路地裏で“天使”の悪魔が放った矢に胸を射られて絶命したレゼ。「キミに会ってからの表情も頬の赤らめも全部嘘だよ」と言っていたが、彼女がデンジにキスをした時、彼の舌を噛み切って自分の舌に乗せて見せるシーンが“二枚舌”……つまり彼女の発言に矛盾があったり嘘があったりすることをすでに示唆していた。レゼ自身でさえ、喫茶で待つデンジの背中を見つめながら自問していたように、彼女は無意識に彼のことを本当に好きになっていたのだ。その象徴として、想いを“自覚”した瞬間、天使(キューピッド)にハートを撃ち抜かれる最期は、文字通り彼女が恋に落ちたことを意味すると同時に、それが原因で死んでしまったことを表していて、なんとも悲劇的だ。

 〈矢を刺して、貫いて、ここ弱点?〉

 OP曲の「IRIS OUT」はアップテンポで軽快でありながら、この歌詞で残酷なレゼの最期に触れている。彼女の人としての心が弱点となってしまったことは、皮肉にも本作の命題を鮮やかに浮かび上がらせる。すなわち、「デンジには人の心があるのか」という問いだ。物語の出発点で彼が自問したこの疑念は、レゼが“心を持ってしまった”がゆえに破滅へと導かれる姿によって、思いがけず逆照射される。しかも、本質的にデンジに心があることを教えたのはレゼなのに、それを本人に口頭で伝えたのが、よりによって彼女を殺したマキマであることに頭を抱えたくなる。

 そんな巧みな構造の脚本に舌を巻くと同時に、やはり『レゼ篇』とは“2人に心があったからこそ生まれてしまった悲劇”であることを改めて突きつけられ、本当にやるせない気持ちになってしまうのだ。

“呪い”は残り続けていく

 初恋は、実らないとよく言われる。それゆえか、ずっと心のどこかに残り続けるものでもあって、それはまるでその人にとっての“呪い”だ。デンジにとってのマキマに対する想いが恋情ではないことが原作者の藤本タツキから明かされているが、詳しいことはここで触れるのを控えよう。つまるところ彼にとっての初恋はレゼで、同じように幼少期にソ連軍の弾薬庫に存在する“秘密の部屋”で自由を与えられることもなく、「モルモット」として国家に尽くすためだけに生きるよう育てられた彼女にとっても、デンジが初恋相手だったはずだ。

 後半でダイナミックに描かれる戦闘シーンは、レゼの使う色鮮やかなボムが2人で見た花火を思わせるように、お互いの恋心をぶつけ合い、まるで呪いあうかのような激しさを持つ。それを終わらせるためにデンジが行ったことが、チェーンをレゼに巻きつけ、“抱きしめる”行為だったことは見逃せない。“抱きしめる”ことはその後の『チェンソーマン』の物語でも重要な動作で、デンジが学んでいく人の愛し方でもある。その一歩を誰かに教わる前に踏み出していた、それくらい彼の精神的な成長が描かれる点でも素晴らしい『レゼ篇』。

 デンジにとって、レゼとの強烈な初恋体験は忘れられないものとなり、これから先の展開で“どんどん積み重ねられていく絶望”の序章とも言える“呪い”として彼の心の中に居座り続ける。一方で、私はいまだに砂浜で「一緒に逃げよう」と言うデンジに歩み寄り、2人がキスをしそうでしなかった、あの繊細な瞬間が忘れられない。

■公開情報
劇場版『チェンソーマン レゼ篇』
全国公開中
キャスト:戸谷菊之介(デンジ)、井澤詩織(ポチタ)、楠木ともり(マキマ)、坂田将吾(マキマ)、ファイルーズあい(パワー)、高橋花林(東山コベニ)、花江夏樹(ビーム)、内田夕夜(暴力の魔人)、内田真礼(天使の悪魔)、高橋英則(副隊長)、赤羽根健治(野茂)、乃村健次(謎の男)、喜多村英梨(台風の悪魔)、上田麗奈(レゼ)
原作:藤本タツキ『チェンソーマン』(集英社『少年ジャンプ+』連載)
監督:𠮷原達矢
脚本:瀬古浩司
キャラクターデザイン:杉山和隆
副監督:中園真登
サブキャラクターデザイン:山﨑爽太、駿
メインアニメーター:庄一
アクションディレクター:重次創太
悪魔デザイン:松浦力、押山清高
衣装デザイン:山本彩
美術監督:竹田悠介
色彩設計:中野尚美
カラースクリプト:りく
3DCG ディレクター:渡辺大貴、玉井真広
撮影監督:伊藤哲平
編集:吉武将人
音楽:牛尾憲輔
配給:東宝
制作:MAPPA
主題歌:米津玄師「IRIS OUT」(Sony Music Labels Inc.)
エンディングテーマ:米津玄師、宇多田ヒカル「JANE DOE」(Sony Music Labels Inc.)
©2025 MAPPA/チェンソーマンプロジェクト ©藤本タツキ/集英社
公式サイト:https://chainsawman.dog/
公式X(旧Twitter):@CHAINSAWMAN_PR

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