『あんぱん』の老けメイクはなぜリアル? 今田美桜と北村匠海が体現した“50代の夫婦”

だが、『あんぱん』の老い描写がここまで説得力を持ったのは、メイクだけの力ではないことは指摘しておきたい。そこに俳優たちの演技が重なったからこそ生まれたものだった。北村は50代の背筋や手指の状態を考えて臨んだと語っていたが(※)、ほんの少し丸まった姿勢や、指先の動き、歩くときのわずかな重さといった所作の積み重ねが、単なる特殊メイクを超えて時間の重みを感じさせていた。特に声のトーンや息遣いの変化は顕著で、若さを残した声質を押し殺すように低く抑えることで、長年の疲れや人生の重厚さを巧みににじませていたように思う。

なかでも印象深いのは第1話の冒頭だ。徹夜で漫画を描き続ける嵩の後ろ姿に朝の光が差し込み、のぶの「おはよう」に応えて見せたはにかんだ笑顔。その表情には嬉しさや照れ、安心感が同時ににじんでいて、夫婦として歩んできた年月が一瞬で伝わってきた。眉や口元のわずかな動きで複数の感情を同居させる北村の表現力はお見事だった。
あの場面に胸を熱くした人が多かったのは、リアルな老け顔に人物の温かみを感じたからにほかならないだろう。今田もまた、年齢を重ねた雰囲気を漂わせながら、のぶの持つ明るさや可愛らしさを演技に残していた。柔らかい声色や目線の送り方に、若い頃から変わらない芯の強さと相手を包み込む温かさが感じられたのだ。老いを背負いながらも失われない魅力をきちんと表現することで、ただ年を取った夫婦ではなく、“ずっと隣に寄り添い続けてきた二人”としての説得力を生んでいた。

『あんぱん』が見せてくれたのは、年を重ねることの姿をどう映像に宿すか、その重みと手応えだった。特殊メイクと俳優の演技がかみ合うことで、ただの“老け顔”ではなく、本当に長い時間を生きてきた人に見えたのだ。深く刻まれたシワや肌の質感に、背筋や歩き方の変化が重なり、視聴者は「老いを演じている」ではなく「老いを生きている」と感じ取っただろう。
そして何より、そのリアリティを下支えしたのが特殊メイクの力だった。肌の質感やシミまで緻密に再現された表現は、朝ドラの歴史の中でも新たな到達点と言える。『あんぱん』の老けメイクは単なる技術を超え、物語に命を吹き込む表現として多くの視聴者の記憶に刻まれるはずだ。
参照
※ https://www.cinematoday.jp/news/N0147650
■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK






















