『あんぱん』の老けメイクはなぜリアル? 今田美桜と北村匠海が体現した“50代の夫婦”

『あんぱん』の老けメイクはなぜリアル?

 NHK連続テレビ小説『あんぱん』も終盤に差し掛かっているが、思い返せば一番驚かされたのはやっぱり冒頭の老いの描写だ。初回放送で、今田美桜と北村匠海が50代の夫婦として登場したインパクトは今も鮮明に残っている。まだ20代の二人が特殊メイクと演技でぐっと年を重ねた姿をまとったのを見て、「本当に同じ俳優なのだろうか」と声が出そうになった。シミや肌の質感まで細かく作り込まれていて、ただの“老け顔”とは全然違う。そこに息づいていたのは確かに人生を歩んできた人物で、朝ドラの表現がここまできたのかと心底感心させられた。

 長い時間を描く朝ドラだからこそ、登場人物の老いをどう映すかは作品の核に直結する。視聴者は毎日の放送を通して、その人物と一緒に歩んでいる感覚を抱くからだ。だからこそ、姿や声、所作ににじむ変化が少しでも嘘っぽく映れば一気に興が冷めてしまうし、逆にリアルに表現されれば物語への没入感は何倍にも高まる。そのため、朝ドラではこれまでも老いをどう描くかをめぐって、いろんな工夫が重ねられてきた。若い俳優に思いきったメイクをして“老け顔”を作り出したこともあれば、老年期は別の俳優にバトンタッチする形が取られたこともある。そうした歴史の中で、『あんぱん』が選んだのは、いきなり冒頭から老いを見せるという大胆な方法だった。それは決して話題づくりにとどまらず、物語全体を貫く必然的な選択だったように思う。

 特殊メイクといっても、その工程は思った以上に複雑だ。一般的な例を挙げると、まず俳優の顔型を石膏で取り、そこに粘土を盛って頬や顎のたるみをつくり、目元や額にシワを刻んでいく。首のシワまで表現することで、ようやく全体が自然に見えてくるのだ。その原型からシリコンの人工皮膚を作り、顔に貼り付けて境目が分からないように着色を重ねるというものだ。

 思い返せば朝ドラの老けメイクは、極端すぎて“学芸会”のようだと笑われた時代もあった。その後、1983年の『おしん』で老年期を乙羽信子に託すという方法が話題となり、以降は作品ごとにいろいろな工夫がされてきた。近年は『エール』や『らんまん』のように、主演が晩年まで演じ切るケースも増えている。『あんぱん』の挑戦を支えたのは、脚本の中園ミホと演出の柳川強という、かつて『花子とアン』でも老けメイクを冒頭に導入した名コンビ。10年を経て、技術も表現もさらに深まり、肌の質感やシミまで精巧に再現された。単なるメイクの進歩にとどまらず、人生をまるごと描く物語であることを冒頭から強く伝えるための必然だったのだ。

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