『ちはやふるーめぐりー』が提示した新たなヒロイン像 コスパ主義は克服すべきものか?

9月10日に最終回を迎えた『ちはやふるーめぐりー』(日本テレビ系)は新たなヒロイン像を提示した意欲作だった。
末次由紀の漫画原作である『ちはやふる』は、2016年から2018年にかけて実写映画化されている。
7月から連続ドラマとして始まった『ちはやふるーめぐりー』は、映画『ちはやふる』の10年後を舞台とするオリジナルストーリーだ。映画では競技かるたが大好きな綾瀬千早(広瀬すず)が主人公であったが、ドラマでは競技かるたにまったく興味を示さない藍沢めぐる(當真あみ)が主人公である。競技かるたに没頭する千早に対し、バイトを掛け持ちし、支出を最小限に抑えることで投資資金を捻出し、高校生活は波風立てずに過ごすめぐるの描写は、新たなヒロイン像の到来を予感させた。
全身全霊型ヒロインを描いた映画『ちはやふる』

「テレビドラマは時代を映す」
テレビドラマ論を専門とする早稲田大学教授の岡室美奈子がそう語るように(『テレビドラマは時代を映す 』ハヤカワ新書)、『ちはやふるーめぐりー』において描かれるヒロイン像は、2020年代前半の時代性を反映しているといえる。
千早とめぐる。映画とドラマでそれぞれヒロインを担う2人にみられる明確な対立構造を改めて確認しよう。

映画版ヒロインの千早は競技かるたに没頭し、競技かるたで仲間と絆を深め一喜一憂するという人物描写が印象的だ。
高校生を取り巻く環境は部活だけでなく、家庭やクラスでの出来事、学校行事や自身の進路など多様で激しい。そんななか、千早は競技かるたに打ち込み続け、彼女を取り巻くそれ以外の環境はまるで「ノイズ」であるかのようにシャットアウトされている。
また、映画版では友人関係におけるトラブルもあるが、あくまで部内での友人関係であり、それもやはり「競技かるた」をきっかけに解消する。
進路希望調査票が配られた際には、「第一志望 クイーン」(※クイーン=競技かるたにおける日本一の女性)と提出するくらい、競技かるたしか見えていないのである。一言で表すならば“全身全霊型ヒロイン”として作品の主軸を担っているのだ。
ちなみに、映画『ちはやふる』公開と時期が近い2017年に西野七瀬主演で公開された『あさひなぐ』は高校の薙刀部を舞台とした映画であったが、こちらも同じく全身全霊で部活に取り組むヒロイン像が際立っていた。
損得勘定型ヒロインを描いたドラマ版『ちはやふる』

一方で、ドラマ版のヒロイン・藍沢めぐるはどう描かれているか。めぐるは、千早とは対照的に競技かるたに興味があるわけではないものの、「内申点に有利と聞いて」競技かるた部に籍だけを置いている幽霊部員である。これにとどまらず、「朝起きたら証券アプリを開く」「古文の授業中に株の売買をする」「バイトを掛け持ちして投資資金を稼ぐ」「効率良いという理由で髪をドライヤーで乾かさずに自然乾燥」など、効率主義を内面化している描写が特徴的だ。彼女が目指しているのは青春でもかるた界のクイーンでもなく、FIRE(経済的自立と早期退職)であり、千早とは対照的な“損得勘定型ヒロイン”なのである。部活や友人関係など、FIREと関係なさそうなものをノイズとして意識的に距離をとる姿が印象的である。
このような人物描写は他の映画作品でも見られ、2024年公開の『ブルーピリオド』の主人公・矢口八虎(眞栄田郷敦)はテストや友人関係をノルマとしてこなす価値観を持ち合わせていたキャラであったことは記憶に新しい。
めぐるの描写は大袈裟な気もするが、めぐるを取り巻く2020年代の社会的背景を振り返ると、これらの描写にも一定のリアリティを感じる。

めぐるは現在高校生であるから、コロナ禍と学生生活が無縁でない世代である。コロナ禍がもたらした社会的影響は周知の通りで、様々な活動制限、東京五輪の延期・無観客実施、経済的な損失、行動様式・価値観の変動などあまりにも大きい。そのうえ、「損せず無駄なく効率よく」という価値観の浸透がとてつもないスピードで拡大していった。
コロナ禍以降、めぐるが作中でも触れる「FIRE」はブームとなり、今でも書店では「FIRE」に関する書籍は売れ行き好調である。ほかにも、出版社の三省堂が毎年発表する「今年の新語」で“タイパ”が大賞を受賞したのが2022年、家計の安定的な資産形成を目的に政府主導で新NISAが導入されたのが2024年。「ノイズを除去し、無駄のない効率的な生き方」は2020年代前半のトレンドといえよう。
以上の社会状況を踏まえると、このようなトレンドを肌身で感じ、金銭面の損得勘定を内面化する高校生・めぐるの描写は大袈裟すぎるとは一概には言えない。「今の常識は勉強でもスポーツでもなくフォロワー数でもなくFIREです。人生がデスゲーム化しているこの世界ではそれこそが最適解なのです」というめぐるの発言は決して的外れではないのだ。
コスパ・タイパを内包した新しいヒロインだが、競技かるたの楽しさや仲間との友情を育むにつれ、彼女の心境にも変化が起きる。
例えば、「第6首 たちわかれ」で大江奏(上白石萌音)の古文の授業が実は好きだったと打ち明けたり、かつては投資資金を捻出するために断っていたカラオケに部員たちと楽しんだりするなど、彼女の行動原理の変化もみられた。





















