“太一”野村周平は『ちはやふる』の裏主人公 映画シリーズが描いた“迷い”と軌跡を総括

『ちはやふる』“太一”野村周平の活躍

 青春全部かけてから、言え。

 8月20日放送の『ちはやふる-めぐり-』(日本テレビ系)の次回予告を観て、思わず腰が浮いた。そのセリフは。その声は。瑞沢高校競技かるた部初代部長・真島太一(野村周平)じゃないか。本編中でも、月浦凪(原菜乃華)がOBに医者の卵がいるとサラッと言っている。原作や映画版を履修済みの方は、その時点でピンと来ていたのではないか。

 真島太一は、映画版3部作の準主役的な存在だ。「めっちゃ金持ちで、すんげー頭良くって、スポーツ万能で、その上イケメンだからって、調子こいてんじゃねーぞ!」という捨て台詞を吐かれるような存在だ。けなしたくてもけなすべきところが1つもない。うらやましいぐらいの完璧超人だ。それならば、幸せで楽しくて毎日絶頂期かと思ったら、そうでもないらしい。すべてを手に入れているように見える彼だが、本当に手に入れたいものは、手に入らない。もしかしたらそれは、何も手に入れていないということかもしれない。

 彼の手に入らないものとは、競技かるた選手としての本当の強さだ。恵まれ切った人間に本当のかるたの強さまで与えるほど、かるたの神様はお人好しではないようだ。映画版に登場する、名人・周防久志(賀来賢人)も、クイーン・若宮詩暢(松岡茉優)も、超人レベルにかるたが強い。だがもしかしたら、そのことが彼らの“唯一の長所”なのではないか。2人とも、なかなかにアクの強い“変人”として描かれている。その変人ぶりは、日常生活での生きづらさまで連想させる。そう言えば、2人とも基本的にいつも1人だ。孤独である。太一が、周防に尋ねる。「周防さんは、そうまでしてどうしてかるたなんですか?」周防は、「それしかなかったから」と、答える。周防も、詩暢も、「それしかなかった」のだ。

 主人公・千早も、かるたより大事なものと聞かれて、「そんなもんある⁉ マジで全然思いつかない!」と、素で答えている。言いかえれば彼ら彼女らは、かるた以外、何も持っていない。

 実は冒頭のセリフは、映画内で太一が発したものではない。太一が言われたセリフだ。太一が、少年時代からのかるたの師である原田先生(國村隼)に、ライバル・綿谷新(新田真剣佑)についての思いを吐露する。「青春全部懸けたって、俺はあいつに勝てない」。原田先生は答える。「青春全部懸けたって勝てない? まつげくん(太一のあだ名)、懸けてから言いなさい」。

 格闘技漫画の名作『グラップラー刃牙』シリーズに登場する愚地独歩という空手家の、有名なセリフがある。「武の神様は、ケチでしみったれなんだ。あれもこれもどれも全て──差し出す者にしか本物はくれねェよ」。
 
 このセリフの「武」の部分を「かるた」に置き換えてみると、よくわかる。まつげくんは、全部を懸けてもいないし、全てを差し出してもいない。かるたを続けているのも、千早のことが好きだからだ。加えて少年時代の新との対戦時、近眼の新のメガネを隠した。新に負けたくない一心で、千早の前で恥をかきたくない一心で、卑怯な行いをした。正々堂々から逃げた。本人も自覚しているが、このとき彼は、かるたの神様から見放された。

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