『8番出口』がカンヌで絶賛された理由 再現度の高い息苦しさと異変に気づいた先の未来へ

「迷う男」の葛藤、この世界で父親になるということ

“異変”の中で最もインパクトがあった洪水は、「迷う男」にとっても重要な試練だった。彼が通路で出会った少年が、どういうわけか将来の彼の息子かもしれないことを我々はなんとなく察していく。ループものにおける時間の概念は作品ごとに異なり、この不思議空間で現在と未来、さらに過去が入り混じってもおかしくない。それと同時に、あの少年は決して彼の息子である必要もないのだ。もしかしたら子供の頃の「迷う男」自身だったかもしれない。大切なのは、この世界で親になることに対して不安を抱いている主人公が、その「迷い」に答えを出すために子供と向き合う必要があったことなのだから。

無理もない。日雇いの仕事で生計を繋ぎ、稼ぎも不安定であれば電車の中で赤子に怒鳴りつける大人にその異常性を指摘することもできない。子供にとって模範であるべき大人になれていない自分と、そもそも怒鳴る男を無視する周囲の人間、それが当たり前になってしまったこの社会で子供を持つこと自体に感じる不安。果たして、こんな世界に生まれて子供は幸せになれるのだろうか。自分は、その子を幸せにできるのか。「迷う男」が抱く“迷い”や葛藤は、これから子を持つかもしれないライフステージになった人にはもちろん、そうでない人にとっても理解できる、現代社会や他者への恐怖の現れだ。それがあまりにも切実で、少なくとも吸入器を求めてしまいたくなるいまの私の琴線には触れた。
「歩く男」は少年を見捨て、自分だけ助かろうとすること自体が“異変”であることを無視して進んでしまった。「迷う男」にもその選択をする瞬間が訪れた時、彼は自分を犠牲にして子供の命を選んだ。洪水の中、看板の上に少年を乗せて「大丈夫」と声をかけたシークエンスが象徴するのは、「何があっても自分が守るから」と迷いを断ち切って父親になること(中絶の選択肢を捨て、自分の子供が生きる道を選んだこと)への決意であり、答えである。

監督の川村元気は、本作を制作する上でゲームクリエイターの宮本茂が残した「いいゲームっていうのは遊んでいても面白いけど、遊んでいる人の後ろから見ていても楽しい」という言葉を大切にしていた。つまり、本作は誰かがプレイする彼の人生を私たち観客が後ろから観る作品であり、その人物に共感したり、その人物が“異変”に気付けない様子にヤキモキしたりする構図になっているのだ。だからこそ、「迷う男」がもう迷わなくなった瞬間は、その過程を後ろで見ながら寄り添ってきた私たちにとっても心揺さぶられる、力強い瞬間なのである。
“脱出”できたのか
主人公は最終的に8番出口の案内に従って、人がひしめく地下鉄の改札に戻ってくることができた。そしてまた乗り場に向かって彼女に会いにいくために電車に乗る。その電車の中では“まるでそこからループ”が始まっているかのように、映画の冒頭と全く同じ出来事が起きる。泣き止まない赤ん坊に怒鳴るサラリーマン。そんな社会に戻ってきた「迷う男」は、思わず涙ぐんでしまう。

「8番出口から外に出ること」。このルールを思い出すと、彼は“外”に出ていない。原作ゲームには『8番のりば』という続編があって、なんと今度は永遠に走り続ける電車からの脱出を目指すというものなのだ。それゆえに、バッドエンドを想起させる非常に不穏なラストなのだが、それでも彼は聞こえぬふりをするかのようにつけていたイヤホンを取り、サラリーマンに声をかけようと身を乗り出した。
彼がゲームクリアしたかはわからない。あれだけの目に遭ってそれは、あまりにも不憫で残酷なエンディングではないだろうか。否、むしろ“エンディング”を迎えさせないことで、ここから始まる彼の物語を想起させる演出だと思いたい。もう迷わずに、この世界を正面から見つめる勇気を得た1人の人間の変化を、無視したくないのだ。彼は“脱出した”と信じたい。それと同時に、自分はあと何回繰り返せば8番出口が出現するのか、その番号を確認する術はないものだろうかと思わず天を仰いでしまう。
■公開情報
『8番出口』
全国公開中
出演:二宮和也、河内大和、浅沼成、花瀬琴音、小松菜奈
原作:KOTAKE CREATE『8番出口』
監督:川村元気
脚本:平瀬謙太朗、川村元気
音楽:Yasutaka Nakata(CAPSULE)、網守将平
配給:東宝
©2025 映画「8番出口」製作委員会
公式サイト:exit8-movie.toho.co.jp
公式X(旧Twitter):@exit8_movie
公式Instagram:@exit8_movie
公式TikTok:@exit8_movie





















