『あんぱん』でもついに誕生秘話へ 『アンパンマン』はなぜ愛され続けているのか

『アンパンマン』はなぜ愛され続けているのか

 安田女子大学紀要第38号に掲載された西川ひろ子の論文「乳幼児のキャラクター志向に関する研究―何故、子供は2歳のときにアンパンマンが大好きになり,5歳になると『ださい』というのか ―」では、「アンパンマンの顔が赤ちゃんからも認識しやすく、乳幼児にとって名前も発音しやすかったり、乳幼児が関心が高い食べ物を題材にしている」ことが、乳幼児から好かれる理由だといった分析が行われている。そうした側面ももちろんあるだろう。

 ただ、そうしたルックの奥に、「正義とは何か。傷つくことなしに正義は行えない」という自分のメッセージをしっかり入れていこうとやなせは決めて、実行していった。アニメ化にあたっても決して自分を曲げなかった。そうした信念のもとで繰り広げられるエンターテインメント性を持った作品を読んだり見たりした両親や祖父母が喜べば、「幼児も喜ぶ。フランス語であろうがエスペラントであろうが幼児にとってはみんな同じで、すべて初めてなのだからそのまま理解する。テレパシーがはたらく」(『アンパンマンの遺書』より)。

 戦争に行き、弟を戦争で失い、戦後の激変を自分の才能と向き合いながら生きてきたやなせのすべてが込められていたから、『アンパンマン』は世代を超えて人を引きつけ、時代を超えて愛され続ける存在になったのかもしれない。そこには、手塚治虫に誘われ取り組んだ長編アニメーション『千夜一夜物語』(1969年)で多彩なキャラクターたちを生み出す楽しさを覚えたことも少なからず貢献している。なぜなら、『アンパンマン』という作品は、次々に登場してくるキャラクターたちにワクワクさせられることも大きな魅力だからだ。

「ところで、せっかく人気がでてきたアンパンマンだが、何か不足している。足りないものはなんだろう?あれかな?これかな?あれかもしれない。でも“あれ”っていったいなんだ」(『アンパンマン伝説』より)。

 それは悪役。正義の敵。『あんぱん』でMrs. GREEN APPLEの大森元貴が演じじたいせたくやのモデルで、「手のひらを太陽に」を作曲したいずみたくとやなせが手がけた『アンパンマン』のミュージカルで、やなせはばいきんまんというキャラクターを登場させた。

「敵役ばいきんまんの登場で、アンパンマンの性格はくっきりした。正義の味方と、正義の敵の、宿命の対決がはじまった」(『アンパンマン伝説』より)

 ストーリーに起伏が生まれ善と悪という深みも出て、物語の世界がグッと広がった。「影がなければ光もない」。アンパンマンの存在感を際立たせるばいきんまんがTVアニメに登場していなかったら、どれだけ薄っぺらいものになっただろう。ミュージカルで考え絵本でつかんだ手応えを、やなせがTVアニメ化で通そうとしたのも当然だ。

 『アンパンマン伝説』は以後、しょくぱんまんやカレーパンマン、メロンパンナちゃんといった人気キャラクターたちの誕生の経緯が紹介されていて、それぞれの持つ役割を改めて感じ取れる。二枚目のしょくぱんまんに直情的なカレーパンマンといった多彩なキャラクターを見ながら、子供たちはいろいろな性格の人がいることを感じ取っていく。ロールパンナについては、「生まれながらに暗い宿命を持った二重人格である。こんなの、今まで赤ちゃんアニメにでてきたことあるか?」「どうして生み出したのかよく分からない」と『アンパンマン伝説』で書いているが、ひとりの中にいろいろな側面があることを、感じ取る入り口になっているキャラクターだと言えそうだ。

 ドキンちゃんについては、映画『風と共に去りぬ』でヴィヴィアン・リーが演じたスカーレット・オハラのような、強烈な個性を持ったわがまま娘として描いたことに触れている。しょくぱんまんのモデルは同じ『風と共に去りぬ』でスカーレットが思いを寄せるアシュレー・ウィルクス。だからドキンちゃんもしょくぱんまんが好きなのだ。そう聞くと、90年近く前の原作や映画がグッと身近になってくる。

 『アンパンマン』という作品を受け継ぐということは、やなせが経験してきたものを、文化も思想も含めて感じ取って次の世代に繋げていくことなのかもしれない。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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