『19番目のカルテ』小芝風花が視聴者の声を代弁する存在に 等身大の演技に宿る葛藤と熱意

小芝風花の演技は視聴者を代弁する

 医療ドラマといえば、天才外科医が難手術を成功させる姿や、患者の命を賭けた派手なシーンを思い浮かべる人が多いだろう。しかしTBS系日曜劇場『19番目のカルテ』は、その定型を意図的に外してきた。松本潤演じる徳重晃が診療するのは病気そのものではなく、患者の声、生活、そしてその人が生きてきた背景である。総合診療科という日本ではまだ浸透途上の分野を題材に据えた本作は、医療を“人間を診る営み”として描き直している。

 その中で、視聴者の感情の“代弁者”を担うのが小芝風花演じる滝野みずきだ。3年目の整形外科医である彼女は、強い正義感と体育会系の明るさを持ちながらも、現実とのギャップに苦しみ、葛藤を抱え続ける。天才でも超人でもない、ごく普通の若い医師が、自分の理想と現場の現実に折り合いをつけながら成長していく姿は、派手さよりもリアルな重みを帯びている。

 滝野は「患者一人ひとりに真摯に向き合いたい」と志を語る一方で、診療の現場では時間や制度の制約に直面する。思い描いた医師像と目の前の現実との乖離に悩み、「自分に足りないものは何なのか」と問い続ける姿は、専門職に限らず、多くの働く人々が共感できるものではないだろうか。滝野が抱える迷いや葛藤は、医師としての技術不足や経験の浅さといった単純な問題ではない。理想を掲げながらも、現実の前で足が止まってしまう姿は、むしろ彼女の真面目さや誠実さの裏返しに映る。だからこそ、どんなに不器用でも患者と向き合おうとする滝野の姿は、観ている側に自然な共感を呼び起こした。

 徳重との出会いは、滝野にとって大きな転機となる。問診を重視し、患者の人生そのものに寄り添おうとする徳重の診療姿勢は、滝野の理想を改めて揺さぶった。特に第6話で終末期医療に直面するエピソードでは、患者本人と家族の想いが交錯する中で「自分は何をすべきか」と答えを見つけられずに悩む。ここで小芝は、涙や叫びではなく、声の震えや表情の揺らぎといった繊細な表現で滝野の内面を映し出した。

 また、同期の内科医・鹿山(清水尋也)との関係性も、滝野の成長を物語っている。序盤は衝突ばかりだった二人が、次第に互いの専門性を理解し合い、連携するようになる過程は、現実の医療現場を思わせる。単純なライバル関係ではなく、協働を模索する姿は、滝野が医師として一歩ずつ進化していく証でもある。

 小芝の演技は、過剰な感情表現を排し、抑制を効かせた“引き算の芝居”によって成立している。例えば患者や家族と向き合うとき、彼女は声を荒らげることなく、ほんのわずかな視線の動きや言葉の間で心情を伝える。その抑制が、滝野をリアルな存在として際立たせているのだ。

 一方で、小芝はこれまでコメディや華やかな役柄でも高い評価を得てきた。『トクサツガガガ』(NHK総合)で見せた明るさや、『彼女はキレイだった』(カンテレ・フジテレビ系)でのキュートな佇まいは、その代表例だ。しかし『19番目のカルテ』では、そうした魅力をあえて前面に出さず、誠実で真摯な人物像に徹している。その抑制の効いた演技こそが、作品全体のトーンを支える大きな柱となっていた。未熟さや迷いを抱えながらも、患者に真摯に寄り添う姿を静かに積み重ねていく存在。派手さよりも誠実さが前面に出るこの役柄こそ、現在の小芝風花がたどり着いた“等身大の現在地”なのだろう。

 現代のドラマは社会を映す鏡だ。『19番目のカルテ』が描くのは、専門分化が進んだ医療において「誰が患者を総合的に診るのか」という問いである。同時に、滝野が直面する理想と現実の狭間の葛藤は、現代を生きる私たち誰もが抱える悩みを映し出している。働き方改革やジェンダー平等が叫ばれる時代にあっても、現場の医師や看護師が抱える悩みは決して少なくない。患者に真摯であろうとすればするほど、制約に苛まれる。滝野はその矛盾を体現しており、だからこそ多くの視聴者が自らの人生を重ね合わせることができるのだ。

 これまで数々の印象的な役を重ねてきた小芝だが、滝野はその中でもひときわ特別な存在になるはずだ。哀しみと迷い、誠実さと強さ。その相反する要素を一人のキャラクターに同居させたことで、彼女は新しい演技の地平を切り拓いたような気がしている。『19番目のカルテ』での滝野は、小芝が俳優として成熟した現在地を刻む役柄となることは間違いないだろう。

『19番目のカルテ』の画像

日曜劇場「19番目のカルテ」

富士屋カツヒトによる連載漫画『19番目のカルテ 徳重晃の問診』を原作に、坪田文が脚本を手掛けるヒューマン医療エンターテインメント。松本潤がキャリア30年目にして初となる医師役に挑む。

■放送情報
日曜劇場『19番目のカルテ』
TBS系にて、毎週日曜21:00〜21:54放送
出演:松本潤、小芝風花、新田真剣佑、清水尋也、岡崎体育、池谷のぶえ、本多力、松井遥南、ファーストサマーウイカ、津田寛治、池田成志、生瀬勝久、木村佳乃、田中泯
原作:富士屋カツヒト『19番目のカルテ 徳重晃の問診』(ゼノンコミックス/コアミックス)
脚本:坪田文
プロデューサー:岩崎愛奈
企画:益田千愛
協力プロデューサー:相羽めぐみ
演出:青山貴洋、棚澤孝義、泉正英
編成:吉藤芽衣、髙田脩
©︎TBSスパークル/TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/19karte_tbs/
公式X(旧Twitter):@19karte_tbs
公式Instagram:19karte_tbs
公式TikTok:@19karte_tbs

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