『べらぼう』映美くららの“静の演技”が不気味さを増幅 大崎の行動原理を考える

『べらぼう』大崎の行動原理を考える

 NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第33回で、松平定信(井上祐貴)の老中就任を巡る政局が大きく動いた。その裏で糸を引いていたのが、徳川家斉(城桧吏)の乳母・大崎(映美くらら)である。物理的な暴力を用いることなく、ただ一つの「手袋」を示すことで大奥の意向を転換させた彼女。その行動の軌跡から、江戸時代の権力構造における「もう一つの実行力」が見えてくる。

 まず大崎という人物の立ち位置を確認しておきたい。徳川家斉の乳母として登場した彼女は、やがて大奥御年寄の地位に就き、一橋治済(生田斗真)の意向を大奥内部で実現する調整役となっていく。映美くららは、宝塚歌劇団出身の確かな身体表現を活かしながら、権力者としての重みを纏う人物を演じている。

 注目すべきは高岳(冨永愛)との密談場面だ。大崎は一橋治済から託されたという「手袋」を取り出し、その指先の変色を暗に示し「調べましょうか」と一言。これは直接的な告発ではない。むしろ相手に選択を委ねる形を取りながら、実質的には退路を断つ巧妙な牽制だった。家基(奥智哉)の死、松平武元(石坂浩二)の急死、そして消えた手袋。これらの連鎖を想起させることで、高岳を心理的に追い詰めていく。

 そして第33回、ついに大崎の地ならしが結実する。大奥の「反対取り下げ」により、松平定信の老中就任への道が開かれたのである。打ちこわしの混乱の中、表の政治が揺れ動く一方で、大崎は粛々と裏の合意形成を進めていた。一橋邸で治済が「大奥の反対が取り下げられた」と告げる場面は、まさに大崎の実務能力の証左である。

 では、大崎の行動原理は何なのか。その行動を見る限り、単純な忠誠心だけでは説明がつかない。むしろ大崎は、家斉という「制度」を利用しながら、大奥という権力装置を動かしているように見える。個人的な情よりも、組織の論理を優先する冷徹さ。それが映美くららの抑制された演技によって、より際立って描かれている。

 映美くららの演技で特筆すべきは、感情を表に出さない「静の演技」である。手袋を差し出す際も、声を荒げることはない。ただ静かに物証を置き、相手の反応を待つ。この間の取り方、視線の動かし方が絶妙である。元宝塚トップ娘役としての表現力を、あえて抑制することで生まれる重み。それが大崎という人物の不気味さを増幅させている。

 第33回までの大崎は、完璧な「調整役」として機能してきた。しかし今後、家斉政権が本格化する中で、彼女はどのような立場に置かれるのか。史実では、家斉の大奥は空前の規模に膨れ上がり、幕府財政を圧迫したとされる。その中で大崎は、単なる調整役を超えて、より大きな権力を握ることになるのか。

梶原善も『鎌倉殿の13人』の“定石”に飲み込まれるのか “人間”に戻った善児の見事な変化

「善児、なんで泣いてたの?」――これはフラグなのか。  NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』にはどうやら定石があるようだ。本作で…

 あるいは、たとえば『鎌倉殿の13人』(NHK総合)で梶原善が演じた善児のように、これまで抑えてきた「乳母としての私情」が表出する瞬間が訪れるのだろうか。善児もまた、主君の命令を忠実に実行する“道具”として生きてきた人物だったが、最後には“人間”の心を取り戻した。“すべては家斉のため”という大義名分の裏で、彼女は何を思うか。

 手袋という小さな物証から始まった政治劇。それを動かした大崎という存在は、江戸時代の女性が持ちえた「もう一つの権力」の形を体現している。彼女が築き上げた調整の技法は、やがて家斉の時代にどのような花を咲かせ、あるいは毒となって幕府を蝕むのか。大奥という密室で紡がれる権力の物語は、まだその全貌を見せていない。

■放送情報
大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』
NHK総合にて、毎週日曜20:00~放送/翌週土曜13:05~再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00~放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15~放送/毎週日曜18:00~再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK

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