興行的に厳しいが高クオリティ? 『ChaO』『トラペジウム』など愛すべきアニメ映画たち

安田現象について

1月に公開された『メイクアガール』の安田現象監督は、ネームバリューという意味では、数々の短編アニメ作品を通して一部に根強いファンを持つものの、大勢に知られた存在というわけではなかった。それでも劇場公開を後押しし、『メイクアガール 安田現象コンプリートブック』(KADOKAWA)も発売して、ひとつの“現象”を作り出そうとしていた。
東京国際映画祭に出品したり、映画版と同じ世界の時間を過去に戻したり、視点を変えたりして描いた小説版を何冊か出したりして、多面的に応援してきた。そうした波を感じて、新鋭の誕生に立ち会うといった気持ちで映画を観に行った人も少なくないだろう。かつて下北沢トリウッドで『ほしのこえ』(2002年)が連日超満員を記録し、新海誠伝説が生まれたときのように。

その意味で、滑り出しは悪くはなかったが、いきなり今の新海監督級の成績は誰も出せない。公開を絞って単館系のシアターを連日超満員にして話題を集め、ロングランに繋げたような細田守監督の『時をかける少女』(2006年)のような手法も考えられるが、そこまでしなくても安田監督への認知度は、当時とは比べものにならないくらいに発達したネットの動画配信環境の中で、しっかりと堅持されている。『メイクアガール』でまずはお手並み拝見といったファンの関心を満たし、劇場という場所で新しいファンも掴んだことで次にステップする環境は整った。そうした意味で興収の多寡によらず劇場で公開した意味はあった作品だった。
『LUPIN THE IIIRD THE MOVIE 不死身の血族』とIPの力

アニメ映画のヒットには『鬼滅の刃』なり『名探偵コナン』なり『ドラえもん』といった強力なIP(知的財産)であることが不可欠なのか。6月に公開された小池健監督の『LUPIN THE IIIRD THE MOVIE 不死身の血族』を見ると、巨大なIPだからといって万人を誘うとは限らないことが伺える。
『不死身の血族』は言わずと知れたモンキーパンチの漫画を原作にしたアニメ『ルパン三世』の系譜に繋がる作品で、劇場公開のアニメ映画としては約30年ぶりという話題性があり、『LUPIN THE IIIRD 次元大介の墓標』(2014年)から始まるクールでハードボイルドな内容の『LUPIN THE IIIRD』シリーズの集大成といった期待もあって公開前から話題になっていた。
公開されて現在まで、製作側にとって満足のいく成績を収められたかどうかは分からない。宮﨑監督による『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)のような、公開から40年以上が経った今もTVで放送される作品は別格として、数あるルパン映画の中で抜きん出た存在になれたかも判断に迷うところだろう。小池監督のシリーズを追ってきた人以外には、やや唐突すぎる登場だったからだ。
もしも『ルパン三世』が『名探偵コナン』や『クレヨンしんちゃん』のように毎年新作のアニメ映画が作られるような作品だったら、定番だからと確実に観る層がいて、何となく知っている一般層もいてといった具合に広がりを持った観客たちに支えられ、一定の成果を出したかもしれない。『不死身の血族』はOVA的な位置付けで立ち上がった『LUPIN THE IIIRD』シリーズを観てきた人に完結編として刺さっても、それ以外の『ルパン三世』を知っている層にはやや縁遠く、ふだんアニメを観ない人にはなおさら届きづらい。
あるいはそうしたライト層や一般層も意識して、謎の島に集められたルパン一家と銭形警部が、最強の殺し屋たちやムオムという不死身の存在に狙われピンチに陥るスペクタクルを楽しめる、エンターテインメント作品にしたのかもしれない。結果、『次元大介の墓標』『血煙の石川五ェ門』(2017年)、『峰不二子の嘘』(2019年)と来て『銭形と2人のルパン』(2025年)に続いたハードでシリアスな路線から少し外れたものとなって、濃いファンを戸惑わせたのかもしれない。
次元大介、石川五ェ門、峰不二子、そして銭形警部のそれぞれにスポットを当てて、その生き様を掘り下げてきた『LUPIN THE IIIRD』シリーズのラストを飾るなら、やはりルパン三世自身の誕生から戦いまでを描くような濃い内容の物語を観たかった。そんな希望が改めて叶ってほしいと思っている人もいそうだ。
一方で、シリーズ最初の劇場アニメ『ルパン三世 ルパンVS複製人間』(1978年)の前日譚的な内容にして、古いファンを懐かしがらせるところもあった。可能なら『不死身の血族』の続きとして、『ルパンVS複製人間』を小池監督でリメイクしてほしいと思った人もいるかもしれない。歴史を持つIPはその時々にファンがいて、ターゲットを絞るのが難しいことも少なくない。『コナン』が世代を上へと広げながらTVアニメで新規のファンも取り込み大きくなっていったのなら、『ルパン三世』でも同じことをして大きく広げるのか、それともマニアックで熱いファンを狙って小池ルパンのような冒険を続けるのか。名があり歴史もあるIPの活用を考える上でひとつの参考例になりそうな作品だ。
細田守の今後

アニメ映画がどれも大ヒットとはならずスクリーンから消えてしまう作品が生まれる理由は、こうして見るとやはり千差万別で、作品ごとに事情があり公開時期の状況も重なってハネるハネないといった結果になることが分かってくる。こうなると気になってくるのが、11月21日に公開を控える細田監督の『果てしなきスカーレット』がどのような展開を見せるかだ。監督のネームバリューは抜群で制作体制も万全だが、過去の細田監督作品とはルックが大きく違っている点が判断を迷わせる。
アニメっぽさを排した海外作品のようなキャラクターのルックで、異世界を舞台にした凄絶な争いが描かれるストーリーは、これまでの細田監督作品にはなかったものだ。きっとそういうものだといった予測が働かず、従来の観客層に二の足を踏ませるかもしれない。芦田愛菜と岡田将生をメインのCVに起用し、役所広司や市村正親といったベテランたちが並んでいても数字を読みづらい。そこは公開までの間に、内容面で関心を誘う情報を出してくるのかもしれない。新境地をどう乗り越えるかで細田監督の次のステップも見えてくる。
谷口悟朗への期待

2026年3月に控える谷口悟朗監督『パリに咲くエトワール』も興味を誘われる作品だ。シリーズ歴代で最高のヒット作となった『ONE PIECE FILM RED』(2022年)の谷口監督が、宮﨑監督の『魔女の宅急便』(1989年)でキャラクターデザインなどを務めた近藤勝也のキャラクター原案と、人気作をいくつも手がける吉田玲子の脚本を得て作るだけに、最初から高いネームバリューを持っている。
ただ、谷口監督が『FILM RED』の後に送りだした『BLOODY ESCAPE-地獄の逃走劇-』(2024年)は、TVアニメ『エスタブライフ』と繋がる世界を舞台にしながら、コミカルさとポップさで楽しませていた『エスタブライフ』から一変してハードでシリアスな展開を見せてシリーズのファンを戸惑わせた。映画単体では分断や差別といった問題に切り込む社会性を持ったテーマと派手なアクションで魅せるところがあったが、『FILM RED』と比べるとやはり届く範囲が限られた。『パリに咲くエトワール』がそんな谷口監督の実力を改めて知らしめる作品になるために、バリューだけに頼らず誰に見せたいのか、どこを見てもらいたいのかをとりまとめ、しっかりと伝わる宣伝を行っていく必要がありそうだ。





















