北村匠海だからこそ表現できる成長のグラデーション 『あんぱん』嵩としての半生を振り返る

北村匠海だからこそ表現できる嵩の成長

 NHK連続テレビ小説『あんぱん』に登場する柳井嵩(北村匠海)は、伯父・寛(竹野内豊)・弟・千尋(中沢元紀)との死別、母・登美子(松嶋菜々子)との別れと再会、東京での生活、失恋、戦争など、波乱万丈な半生を送っていた。

 学生時代の嵩は、おどおどしていて視点が定まらず、自信のなさが一目見てわかるほどだった。第1話の冒頭では、老年期の落ち着いた表情を見せる嵩の姿があったが、学生時代の嵩と同じ人物が演じているとは思えないほどの別人ぶりだ。

 第10話で弟の千尋に「兄貴、遅れるで?」とハッパをかけられるものの、どこか頼りない風貌をした嵩があらわれた途端、一体どうやって老年期の「穏やかな貫禄のある嵩」に近づけるのかと、不思議で仕方なかった。

 嵩はそこから少しずつ成長し、夢を持ち、さまざまな経験を得ながら、視野を広げ、生きる自信を身につけていく。北村は嵩の成長過程を、グラデーションをつけながら丁寧に演じ切っていた。今回の記事では、嵩の成長過程を巧みに演じる北村の演技力について紹介する。

 嵩は控えめで、自分の気持ちを素直に話すのが苦手だ。学生時代の嵩は、その部分がより顕著にあらわれていた。時代はまだ混沌としており、嵩は絵を描くのは好きだと感じる一方で、自分の夢に自信がない。

 聡明な千尋と比較しては、嫉妬して口をぎゅっと紡ぐ嵩。そんな嵩の目の先には、いつも元気溌剌なのぶ(今田美桜)の姿がある。のぶへの想いは一直線なのに、嵩はおろおろしてばかりで、気持ちを上手く伝えることができない。

 嵩が悶々としている間に、のぶはお見合い相手の次郎(中島歩)と結婚してしまう。自分の気持ちに蓋をして、のぶを送り出してしまう嵩の目線は、おどおどしていてどこか寂しそうだ。

 戦争が始まると、嵩は兵隊となり戦場へ。小倉連隊に転属後は先輩兵士の厳しい指導の下で過酷な軍生活を送ることとなる。嵩はそこで先輩兵士から難癖をつけられては殴られ、ここでやっていけるのかと不安そうな表情を覗かせる。

 第58話では、駐屯地への補給路が絶たれ、食料がなくなったことで我を失った康太(櫻井健人)が民家に突撃し、老婆に銃を向けてしまう。老婆からゆで卵をもらった嵩は、康太や神野(奥野瑛太)と共に、卵の殻ごとむしゃむしゃとかぶりついていく。康太と神野が正気を失う姿を見るなり、涙を浮かべる嵩の姿には僅かながらもなお、自分を見失っていないことが確認できる。

 嵩は確かに弱気だが、芯は強い。夢を持ち、好きな人があらわれたら一直線に思い続けることができる。そんな芯の強さが、殻付きの卵を食べるシーンからも滲み出ていた。戦争が終わり、のぶの前にあらわれた嵩は、どこか精悍な顔つきをしているようにも見えた。

「もし逆転しない正義があるとしたらすべての人を喜ばせる正義……僕はそれを見つけたい。絶望なんかしちゃいられない。千尋の分も、みんなの分も生きるんだ」

 のぶの目をまっすぐ見つめて、素直な気持ちを吐露する嵩。かつてのおろおろした様子とは異なり、その時の嵩は穏やかで優しい笑みを浮かべていた。そっとのぶを見つめる眼差しは、彼女の背中を静かに見守っていた様子が感じられた。

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