『海がきこえる』共感できないヒロイン像がもたらす“新鮮さ” 戻れない青春に思いを馳せて

「なぜ拓は里伽子にここまでやさしいのか?」そんな疑問が、鬱憤のようにわいてくる。すると、物語の終盤で、里伽子に対する拓の恋心が明かされる。拓の共感できない言動に説明がつき、カタルシスが生まれる。主人公とヒロインが恋愛関係になるのは自然な流れだ。ただ、自分勝手な里伽子は、恋愛感情を抱くような相手だったのだろうか。都会からやってきた美少女の転校生はたしかに魅力的だが、拓の恋愛感情も共感できるかあやしいラインのように思う。

里伽子と拓は、共感できない言動が多い。しかし、そんな“共感できない”キャラクターは、現代においてかえって新鮮に映るのだ。たとえば、『ぼっち・ざ・ろっく!』の後藤ひとりは、人付き合いが苦手で内向的な性格が若者を中心に共感を得ており、親近感のわく主人公として高い人気を獲得している。共感できるキャラクターを立て、いかに感情移入させるかが物語において重要になってくるが、里伽子はその逆をいっている。そして、共感できない里伽子というヒロインの“目新しさ”に、惹かれるのだ。
共感できないキャラクターについて書いてきたが、筆者が本作の中で最も共感したのは、拓が同窓会で再会した同級生・清水明子の「存外、塾とかピアノとか学校以外の世界があると、嫌いな子の1人や2人どうでもようなるんねぇ」というセリフだ。学生時代、清水は里伽子のことを嫌っていたが、自分の世界が狭かったと反省し、仲直りしている。考え方が大人になったことで、過去のわだかまりを解消したのだ。

清水が言う学生時代の世界の狭さと、他の居場所をいくつも持つことで開ける視野は、大人になった私たちが経験する“あるある”ではないだろうか。だからこそ、大人になった今、深く共感できる。本作が描く青春の甘酸っぱさや苦さも、ラストシーンを観終わった後にはいいと思える。『海がきこえる』は、公開当時子どもだった観客が大人になった今こそ観る意味がある、リバイバル上映にぴったりの作品だ。
■公開情報
『海がきこえる』
3週間限定公開中
料金:大人1,600円/高校生以下1,000円(各種サービスデーや他の割引サービスは利用不可)
声の出演:飛田展男、坂本洋子、関俊彦
原作:氷室冴子
脚本:中村香
監督:望月智充
音楽:永田茂
主題歌:坂本洋子
制作:スタジオジブリ若手制作集団
配給:Filmarks
1993年/日本/72分
©1993 Saeko Himuro/Keiko Niwa/Studio Ghibli, N
公式サイト:https://filmarks.com/movies/54072





















