『べらぼう』朋誠堂喜三二が動き出す? “尾道三部作”尾美としのりのキャリアを解説

 10代前半の尾美としのりの代表作が『火の鳥』なら、10代後半の代表作は、なんと言っても“尾道三部作”である。大林宣彦監督が、自らの故郷・広島県尾道市を舞台にした、SFジュブナイルの名作群だ。中学生男女の体が入れ替わってしまう『転校生』(1982年)、突然タイムリープ能力を持ってしまった少女を描く『時をかける少女』(1983年)、平凡な男子高校生の前に現れたピエロのような謎の少女が騒動を巻き起こす『さびしんぼう』(1985年)。それぞれ10代の頃の小林聡美、原田知世、富田靖子の代表作である。そして驚くことに、相手役はすべて尾美としのりなのである(『時をかける少女』だけは、三角関係の負け役だが)。

 すべて、淡い恋の終わりを経て大人になっていく少年少女の姿をファンタジー色をまぶして描いているのだが、少年側はいつも尾美としのりである。これは、大林監督自身が自らの少年時代を尾美としのりに投影してしまっているからであろう。ちょうど同じ時期、フランスの気鋭の映画監督レオス・カラックスが、“アレックス青春三部作”という連作を発表していた。『ボーイ・ミーツ・ガール』(1983年)、『汚れた血』(1986年)、『ポンヌフの恋人』(1991年)と、こちらも名作揃いである。そして、この3作の主人公はすべてドニ・ラヴァンだ。こちらも、レオス・カラックスがドニ・ラヴァンに、自らの少年時代を見ていたのだろう。尾美としのりは、「日本のドニ・ラヴァン」である。もしくは、ドニ・ラヴァンが「フランスの尾美としのり」とも言える。

 男女入れ替わりに時空を超えた恋を絡めた、新海誠監督の『君の名は。』(2016年)を観たときは、『転校生』と『時をかける少女』を思い出した。そして、アニメ『夏目友人帳』(テレビ東京系)で時おりある「人と人ならざるものとの悲しい恋」のエピソードを観たときは、『さびしんぼう』を思い出す。これらの作品が好きな若い層にも、“尾道三部作”を観てほしい。1980年代ノリのドタバタコメディ部分は少ししんどいかもしれないが、根底に流れているものは同じである。そして新海誠作品の主人公のような、繊細な少年時代の尾美としのりを観ることができる。

 その後、『鬼平犯科帳』での鬼平の部下・うさ忠役(お調子者)や、宮藤官九郎脚本作品での常連などを経て、彼は今、江戸時代の粋な戯作者として生きている。物語序盤においては、OPキャストに名前が大きく出ているにも関わらず、観終わったときに「尾美としのりどこに出てた⁉」という回が多かった。一瞬横切っただけの彼を視認できた日は、それだけで嬉しくてよく眠れた。必要以上に前に前に出ないところも、粋と言えば粋である。

 「干せど気散じ」という筆名も、粋である。「武士は食わねど高楊枝」的な、「金がなくても気楽に生きようぜ」という心意気。植木等の名曲「だまって俺について来い」を思い出す。

〈ぜにのないやつぁ 俺んとこへこい 俺もないけど 心配すんな みろよ 青い空 白い雲 そのうちなんとかなるだろう〉

 演じる尾美としのりは「日本のドニ・ラヴァン」だが、喜三二は「江戸時代の植木等」だった。

 そんな粋人の喜三二の身に、第18回では何事か起こりそうである。心配でならない。ただ予告によると、いよいよ大田南畝(桐谷健太)ら狂歌師たちも登場するようだ。喜三二は、「手柄岡持(てがらのおかもち)」の狂名で狂歌師としても名を馳せた男。まだまだ活躍するだろうし、あの笑顔を観ることができるだろう。

 寛政の改革が、始まるまでは──。

■放送情報
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
NHK総合にて、毎週日曜20:00〜放送/翌週土曜13:05〜再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00〜放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15〜放送/毎週日曜18:00〜再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK

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