第97回アカデミー賞の主役は“インディペンデント映画” 激変する映画界を支える才能たち
残念なことがあったとすれば、授賞式よりも前、ノミネート発表後に起こった有力作をめぐるいくつかの騒動である。最多ノミネートを記録した『エミリア・ペレス』でトランスジェンダー俳優初のノミネートを果たしたカルラ・ソフィア・ガスコンの過去の人種差別ツイートが掘り返され大バッシングが起こり、『ブルータリスト』には役者のハンガリー語の発音の修正のためにAI技術が用いられたことで少なからず受賞結果に影響を与えたことはいうまでもないだろう。
それでも『ブルータリスト』のエイドリアン・ブロディは、見事に22年ぶり2回目の主演男優賞を受賞。AI技術の一件で作品の評価が下降気味になり、代わりに『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』のティモシー・シャラメが興行的成功を後押しに急上昇した授賞式直前。俳優組合賞でシャラメが勝利したことで、ブロディが『戦場のピアニスト』で達成した主演男優賞の史上最年少記録をシャラメが更新するものと思われていたが、自らの受賞をもってそれを阻止。
10代なかばでキャリアを始め、長い下積みの後に『戦場のピアニスト』で世界的にその名を轟かせた一方で、以後はジャンル映画を中心に活動。出世作である『戦場のピアニスト』はロマン・ポランスキーの映画ということもあってあまり再評価の機会に恵まれず、それでもウェス・アンダーソン作品の常連俳優の一人として映画ファンに親しまれてきた彼が、こうして再び脚光を浴び、しかも2回目のノミネートで2度目の主演男優賞という、歴代の名優たちも成し遂げていない快挙を達成。ここからさらなる飛躍が待っていることだろう。
また、先述のガスコンの一件があってもなくても主演女優賞は、デミ・ムーアの復活劇か、母フェルナンダ・モンテネグロの雪辱を晴らすべくゴールデングローブ賞で勢いに乗ったフェルナンダ・トーレスか、それとも『ANORA アノーラ』の“シンデレラガール”マイキー・マディソンかの三つ巴の大混戦。主演部門の発表順で、大物が獲る部門のほうが後に来るという噂があるのだが、今回は主演男優賞→監督賞→主演女優賞→作品賞の順。すなわちかなりの大物の受賞があるかもしれないと思いきや、結果は冒頭でも触れた通りマディソン。俳優のキャリアとしてはまだまだ若い彼女だが、(もちろん結果論ではあるのだが)この発表順は『ANORA アノーラ』という作品において彼女の存在がいかに重要で讃えるべき存在であったかを表しているようにも思えてしまう。
最後にひとつ、前哨戦的には順当だが、まさにジャイアントキリングと呼ぶべき結果が生まれた長編アニメーション賞に触れておきたい。この部門で圧倒的な強さを誇るディズニー&ピクサーの『インサイド・ヘッド2』と、ドリームワークスの『野生の島のロズ』、アードマンの『ウォレスとグルミット 仕返しなんてコワくない!』、そして作家性の強いクレイアニメーションの『かたつむりのメモワール』。これらを破って、ラトビアの若きアニメ作家ギンツ・ジルバロディスの『Flow』がゴールデングローブ賞に続いて受賞。
ラトビア初のオスカーというだけでなく、この部門にノミネートされること自体が勝利だったヨーロッパのインディペンデントアニメ界に、大きな夢を見せてくれる価値ある受賞となった。そして何より、その価値以上の秀でた作品であることは補足しておこう。長編アニメ賞の『Flow』と、主要部門を制した『ANORA アノーラ』、『ブルータリスト』と、今年の主役たちはおしなべて“インディペンデント映画”。激変する映画界を支えるのは、野心にあふれた若々しい才能であることを如実に示したのである。